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ーーーノーネマルノ王国。 ジャスティス大陸の極東の辺境にある小国の、そのまた南東部に位置するカインドリー伯爵領。 ……その伯爵家の長女として『彼女』は生まれた。 ジャスティス大陸は、その昔。 各地の諸侯が領地を巡って争い、血で血を洗う戦いが途方もなく長く続いた後に平定された。 歴史上『200年戦争』と呼ばれる戦いに終止符が打たれたのは、とあるドラゴンによる人間たちへの調停があったからだとされている。 ーーーまぁ、それは今のわたしには関係ないんだけど。 「アリス……? アリスって言った? それ、わたしのこと?」 「あ、申し訳ありません! わたしのような下々の者が口にしていいお名前では」 「待って待って」 また土下座モードに入ろうとする茶髪の女性を慌てて止めた。 「ごめんなさい、鏡があったら持ってきてもらえる?」 「鏡、でございますか? はい、こちらに……」 差し出してくれた手鏡を覗き込む。 ……やっぱりか。 心のどこかで想像はしていた。 現実の世界で、何度も読んでいたもの。現代日本に生きていた主人公が、何らかのきっかけで異世界に飛んでしまう物語。 マンガ、アニメにゲームに小説。 男性だと勇者、女性だと巫女とか聖女として呼ばれることが多い。 要は「世界を救う救世主」として。 「あの、アリス様? お首の包帯はうなじに軽い擦り傷を負われていたからで……すぐに治るし、跡も残らないと医師たちも申しておりました」 言い訳のようにおどおどと告げる女性の声が聴こえる。問題はそこじゃない。 「そじゃなくて、顔デスヨ……」 「お顔? いえ、奇跡的にお顔に傷はなかったはずですが!? いつもの通りのお美しさです」 あのさ……異世界召喚て大体の場合、呼ばれるのって高校生とかの若い子だよね? 見た目とか年齢って、基本的に同じ感じで呼ばれてなかったか? いや、転生の場合は姿も年齢も変わってたかな。そういうジャンルもあったかも。 ……とにかく。 信じられないけれど、本当にもって信じられないけれど、何の間違いからか「呼ばれてしまった」ようなのだ。 今年の誕生日が来たら、わたしは33歳になるはずでした。今年が思いっきり本厄にあたる、32歳の。アレッ、厄年だからこんな目にあったのか? そんなわけないだろ。 お肌の曲がり角すら過ぎた、冴えない……いや営業成績はかなりよかった……だから、問題はそこじゃない! 職場の契約ぶんどり成績しか取り柄のなかった、生命保険会社のアラサー女は。 ふわふわに巻いた金髪にアメジストの瞳を持つ超絶美少女になって、その国で目を覚ましたのでありましたーーー。
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