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「あの……アリス様?」 多分、時間で言えば10秒足らずの間だったと思う。 頭真っ白けを通り越して、軽く白目剥いてた気がするけど。ベッドのすぐ横で戸惑った声を上げた彼女の存在に、慌てて我を取り戻す。 「あ、ごめんなさい。……起きたばかりで、少し頭がぼんやりしているの」 茶髪メイドの女性にへらりと愛想笑いを向け、とりあえずの間を繋ぐ。 頑張れ炎の生保営業、ナチュラルスマイルはお手の物。お値段はゼロ円です。 ーーー状況を整理しよう。 わたしは現代日本に生まれ、そこそこ上手く企業社会を生き抜いていた平凡な会社員だった。 それが……何かのきっかけ、どころか言うまでもないが「あの」不慮の交通事故に遭い。 恐らくは死んだか、魂が飛ぶか何かしたんだと思う。 そして現在。これまで何度となく親しんできたファンタジー作品風の世界に、高貴な身分で転生して目が覚めてしまったらしい。 その際に「誰か」の力があったのかは分からない。作品中だと、転生先の召喚師だとか、その世界の神様だとかの例が多いけど。 そして必ず「世界を救ってください」とか言われるのよな……知らんがな。 他人の力にばかり頼るなよ。 わたしの場合、飛ばしたのはあの『黒い悪霊』? なのだろうか。 何の恨みか、わたしを車道に突き飛ばしやがった。あんにゃろう。 それともアイツは単にわたしを殺そうとしただけで、この世界に飛ばしたのはまた別の存在なのだろうか。 今この部屋に、メイドさん以外の人間はいない。如何にも「おお! 召喚に成功したぞ!」とかありきたりのセリフを吐いてくれるサモナーみたいなおじさんもいない。 二人だけだ。 「あの」 「はい!」 声をかけると、メイド女性は怯えたように直立不動で顔を上げた。 確か、この人はーーー 「……ニムレー。よね?」 「はい……アリス様、もしかして少しご記憶が?」 「ええ、少し混乱しているようで」 「無理もないことですわ。あんな事故に遭われてしまったのですから」 ーーーなんでこの人の名前が分かるんだろう。 自分でも理由は分からないが、相手のことを見つめて頭の中を探ると、きちんとその名前は出てきた。 さっきの、この世界の歴史だってそうだ。 こんな見も知らぬ世界の過去にどんな伝説があったかなんて、本来知るはずもないのに。 何故か「ここは一体どこなのか? 目の前にいる人は誰なのか?」と考えを巡らすと、きちんと答えは頭の中に出てくる。 ……つまり、覚えているのだ。記憶があるのだ。 要は「そういう風に転生させられた」ということなのだろうか。 そして、肝心のわたし。 これはさっき、目の前のメイドーーー名前はニムレーーーーが言っていた通り。 「わたしはアリステラ・リデル・カインドリー。カインドリー伯爵家の長女。で、間違いないわよね?」 「仰るとおりでございます。アリスお嬢様」 わたしの言葉に肯定し、ニムレーは深々と頭を下げた。
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