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悲しみと怒りの間
世界には不幸が溢れている。
生きている以上、辛い出来事は避けられない。
失敗もするし、苦悩もする。そして、死ぬこもとある。
人間だって生き物である以上、死は避けて通れない。
生まれた瞬間から、死ぬことは決まっている。
でも、誰が想像するだろうか。
こんなに突然、別れがやってくるなんて。
白い棺に横たわるのは、夫であり、お腹の子供の父親になるはずだった男だ。
警察官という仕事柄、時に死と隣り合わせの危険を伴う場面にも出くわすとは聞いていた。
それでも、誰が想像できただろうか。
命だけでなく人としての威厳すら奪われ、四肢を切断されて顔まで剥ぎ取られた無惨な姿になるなど。
彼と無言の再会を果たした私に、一番最初に浮かんだ感情は悲しみではなく強い怒りだった。
誰がこんな酷いことを。誰が私とお腹の子から彼を奪ったんだ――と。
早くなる鼓動が煩わしく、吐き気ばかりが襲いかかる。
覚めない悪夢のなかにいるようだ。
吐き気、めまい。身体が崩れ落ちていく。
私の名前を呼ぶ声が遠い。
▽▲▽
混濁した意識のなか、責めるような産声が響いたような気がした。
ゆっくりと目を開けると見知らぬ天井が視界に入る。
鼻腔を擽るエタノールの香りで、ここが病院なのだと理解した。
体を起こそうとして、腹に違和感を覚える。
その小さな違和感は嫌な予感に変わり、病室に入ってきた医師と看護師は残酷な事実を告げる。
過度のストレスから流産しそうになった子供を、子宮ごと取り去ったという。
超未熟児である我が子は、いつ消えてもおかしくない命だとも言われた。
失うものが多すぎて、絶望ですら生ぬるい。
私はただ、白い部屋のベッド上で怒りと悲しみに震えていた。
風前の灯だった我が子の命は持ち直し、クベースのなかで育てられている。
見せてもらったその顔はくしゃくしゃで、私に似ているのかもわからない。
むしろ、私に似ない方が幸せになれるだろう。
――私はこの子を育てられない。
嬉しいはずだった新しい命。
しかし、全てを失ってしまった私にとっては辛いだけの過去。
だから、養子に出すことにした。
――一緒にはいられないけれど、どうか幸せになって。
叶わないかもしれないと思いつつ、我が子の幸せを祈らずにはいられない。
頬を伝う涙を指先で払い、私は私の道を歩んでいくと決めた。
そして、いつか、全てを奪った者をみつけるために。
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