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「うそでしょ……?」  呆然とつぶやく私を嘲笑(あざわら)うかのように、周囲の人間は楽しそうにしており、窓ガラスは(ほう)けた私の顔をぼんやりと映し出していた。  スマホの時刻は、やっぱり10時55分。  また、巻き戻ってる? 本当に? 私だけが? 『昼から遊びに行こうよ』  私はメッセージアプリを起動して、友だちにそんなメッセージを送る。なにが起こっているのか、本当に時間が戻っているのか。それを確かめるために。  そして、屋上へと向かう。  先輩の待つ、屋上へと。 「春歌、どうかしたの?」 「あの、私……先輩に言いたいことがあって」 「うん、なに?」 「先輩のことが、好――  たった2文字にして最も想いを強く伝える言葉。それだけを言い終えることなく。  先輩の姿は消え、三度(みたび)騒がしい廊下が目に映る。  すぐさま私は、スマホのメッセージアプリを見る。友だちとのトーク画面を。  だけど、そこにはさっき送ったはずのメッセージはない。送信エラーでも、一時保存でもない。正真正銘、送った事実が存在しなかった。  本当に……時間が戻ってるんだ。  周囲を見回せば、すれ違う生徒の顔に見覚えがある。つい5分前に見た人だ。  時間の巻き戻り。タイムリープ。  物語にあるような現象を、まさか私が体験することになるなんて。  意外と冷静な自分に驚いた。まあ、すでに3回も繰り返しているし。  でも、どうしたらいいんだろう。  さしあたって私の頭を悩ませるのは、この現象の発生理由……ではなく、先輩への告白が叶わないことだった。5分後――11時に巻き戻りがスタートするところを考えると、11時に先輩と会う約束をしていた私にはまさに死活問題。抜け出す方法を見つけないことには始まらない。  なんとかして、告白しないと。  先輩に、想いを伝えないと。  でないと―― 「おっす、望月(もちづき)」 「うわっ」  声に驚いて振り向く。背後に立っていたのは、 「なんだ、笹山(ささやま)か」 「うわひでぇ。声かけただけだぜ」  学ランに身を包んだ同級生は、短く切りそろえられた頭をかく。 「ぼーっとしてたけど、どうかしたのか?」 「別に。男子陸上部のエース様に話しかけてもらえるなんて光栄だと思っただけよ」 「なんだそれ。相変わらず毒全開だな」  笹山はため息をつく。別に毒なんて吐いているつもりはない。全部本心だ。 「それより、先輩どこにいるか知らね?」  先輩。それだけで誰を指しているのか、私はわかってしまう。 「……見てない、けど」 「そっか。さっきから探してるんだけどどこにもいなくてなー。俺、卒業式のあとに先輩に言いたいことがあるのに」 「……ふぅん」 「望月は先輩と仲いいからてっきり一緒だと思ったんだけど」 「別に……そんなことないよ」  今の私には嫌味にしか聞こえない。笹山はそんなつもりまったくないんだろうけど。 「まあいいや。先輩見つけたら、悪いんだけど教えてくれね?」 「え?」 「んじゃ俺、部室棟の方にいるから」 「あ、ちょっと。なんで私が」  教えないといけないの、とクレームをいれる前に笹山は走り去ってしまっていた。  廊下に残された私は周囲の雑踏(ざっとう)と切り離され、まるで()いだ水面に立っているみたいに。  こころのすみに生まれたさざ波を、見ないふりをする。 「……そんなの」  そんなの、教えられるわけないじゃん。 [10:58]  握りしめたスマホは巻き戻ってから3分経過したことを示していた。  ……どうにかして、伝えないと。  先輩に、私の気持ちを。  そして、前に進まなくちゃ。  胸の中をそんな気持ちでいっぱいにしながら、私はもう一度屋上に向かって走り始めた。
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