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警察が信長の身上調査書の作成を行ったところ、戸籍も国籍も存在しない正真正銘の天涯孤独の身であることが発覚。当然、どこのテレビ局のドッキリなどではないし、雇われyoutuberでもなかった。彼の話の内容も、まるで時代劇の織田信長のような口ぶり。警察は困惑するばかりであった。
その後、信長は警察署より逃亡。パトカーで連行される際の窓の向こうより見た風景を頼りに戻った先は敏行のマンションの部屋の前だった。戦国の世とは違った風景に臆し震えながらの逃亡だった。
扉の前で雨に濡れた子犬のように震える信長を見て放っておくことが出来なかった敏行は信長を家に入れることにした。警察から先述の信長に関する説明を受けた後、改めて身元を確認する。
敏行は警察に信長を突き出しはしなかった。
「アンタ、誰だ?」
「だから、織田上総介信長と言っておる」
「俺、オカルトとかSFは信じない主義なんだけど、アンタのことを本物の織田信長と思うことにする。明らかに日本人なのに、戸籍も国籍もないのは変だ。だったら織田信長がタイムスリップしてきたって考えた方がスッキリする」
「なんだ、『たいむすりっぷ』とやらは? 南蛮渡来の菓子の名か?」
「信長さんが生きてた天正の時代から明日の明日の明日のずーっと明日の現在の令和って時代に来ちゃったんですよ」
「なんじゃ、今の暦は令和と言うのか。天正十年からどれぐらい後の話になるのだ?」
「大体、四百三十年ぐらい前になりますね。天正から四十二回暦の名前が変わった先が今の令和になります」
「途方もつかぬぐらいに長い年月であるな。我にとっては刹那よりも短く感じておる。なにせ燃える本能寺で舞っていたらお主の部屋だったのだからな」
「信長さん……」
「警察とやらに連れて行かれる間に面白い物をいくつも見た。まず我が運ばれた白と黒の早く走る鉄の駕籠だ」
「ああ、パトカーですね。警察が使う駕籠です」
「窓の外から見る建物も大きな物ばかりだ。それにびぃどろの窓も一面にビッシリとつけられている。何たる堅固で美しい城塞だ」
「ビルですね。城塞じゃないですよ」
「てれび、たる絵巻物の絵が動く黒く平たい板も見せられたぞ。中に『小さい人が入り芝居をしておるのか』と尋ねたら、我を皆で笑いおった。そんなに変なことを言ったのかの?」
「テレビですね。説明は難しいんですけど、信長さんの言う動く絵を電気信号に変えて見えない波に変えるんですよ。テレビはそれを映すための鏡みたいなものです」
「まてい、『でんきしんごう』とは何か」
「ドンガラガッシャーンって落ちる稲妻のことです。信長さんの生きていた時代から数百年後に、人は稲妻を作り出すことも、操ることも、稲妻を絵巻物を映すために必要な見えない波に変えることも、鉄の駕籠を動かすことも出来るようになったんですよ」
「稲妻を操るとは…… 人は雷神へと近づいておるのではないか?」
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