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時は流れて令和の世。天辺を過ぎて終電にて帰宅する青年があった。
青年の名は敏行(としゆき)、職業システムエンジニア・プログラマの二十八歳独身一人暮らし、家とソフトウェア会社「SMIコンピューター」との往復を繰り返すだけの毎日を送っている男である。
そんな彼が疲れた面で自宅マンションのドアを開けると、部屋の奥より「歌」が聞こえてきた。
「人間五十年~ 下天のうちを~ 比ぶれば~ 夢幻の如くなり~」
テレビを点けっぱなしで会社に行ってしまったのだろうか。敏行は点けっぱなしにしたテレビから時代劇が流れていると考えた。テレビ業界、いや、創作業界は何度織田信長を殺せば気が済むのだろうか。
敏行は部屋の電灯のスイッチを押した。
チカチカパチパチと電灯が灯り行く、完全に電灯が点いた瞬間、敏行は部屋には珍妙不可思議な男が一人いることに気がついた。
「うわっ!」
「うわっ!」
二人は同時に腰を抜かして床に尻もちをついてしまった。敏行はそこにいた男のあまりに珍妙不可思議な姿を見て驚いた。来ている服は真白い薄手の着物、着物と言うよりは浴衣という方が正しい。右手には閉じられた扇を持っていた。何より驚いたのは頭だった、時代劇のような丁髷を携えた月代スタイル。見た目は「侍」そのものであった。
しかし、鍵のかかった我が家に入り込んでいる以上は変質者か泥棒に違いない。こんな侍スタイルの奴は変質者にしても泥棒にしても危険としか言いようがない。敏行はスマートフォンを手に取り警察を呼ぶことにした。
「はい、110番」
「警察ですか? 家に不審者が……」
侍はそのやり取りを見て心から驚いた。侍は敏行の手から携帯電話を素早く取り上げる。
「あ……」
「印籠から言の葉が聞こえてくるとは珍妙な! 印籠の付喪神のくせに言の葉を介するとはけしからん!」
「もしもし? もしもし?」と、警察官の声が聞こえる。
「うわっ!」
侍はスマートフォンをぽいと投げ捨て、懐より小刀を出し、刃を引き抜き逆手で持ち、そのままスマートフォンに切先を突き下ろした。
「もしもし? もしm……」
敏行はスマートフォンが壊れるのを見て叫んだ。
「ああああーッ! 俺のスマホがーッ! まだ分割料金払い終わってないのにーッ!」
「ふぅ、印籠の付喪神は退治したぞ。安心せい」
「出来るかーッ! この変質者!」
「なんじゃ、妖怪変化を退治してやったのに怒られるとは無礼ではないか」
変質者の侍にスマートフォンを壊された。これだけで被害届を出すには十分だ。敏行は踵を返し部屋から出ようとした。しかし、侍により襟足を掴まれてしまった。
「さっきから何じゃ、びいびいと五月蝿いぞ」
「お前誰だよ!」と、敏行は思わず侍に尋ねてしまった。しかし、こんな奴が誰であろうと関係ないし、どうでもいい。さっさと警察を呼んで逮捕引いて貰わないと。こんな奴を社会に置いておくだけで危険しかない。と、敏行は怒りながら考えた。
しかし、侍が名乗った名前は敏行の考えを一瞬で変えるのに十分なビッグネームであった。
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