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「もう、いい加減にしてよ。一五八二年の六月」
「その『せんごひゃくはちじゅうにねん』とは何か!? 朝廷が決めた新しい暦か!?」
「西暦も知らない設定かよ。徹底してるね。天正十年!」
「うむ、確かに今は天正十年であるぞ。だが、これすらも曖昧になってきておる。続けよ」
「はいはい、天正十年の六が…… いや、天正十年水無月の二日…… 皐月が終わったばかりの頃ね? アンタの部下の羽柴秀吉! 禿鼠って言った方がわかりやすい? その人の毛利攻めを助けるために、アンタは近江の安土城より出兵したの! そして、その道中の京の都は本能寺を塒にしていたところを明智十兵衛光秀に早朝の起き抜けに殺されたの」
「貴様は本当に何者だ…… 本能寺を塒にしておったことは織田家の重鎮しか知らぬはず! 何故に知っておる! 乱破(忍者)であるか! 竹千代子飼いの服部半蔵正成や北条家お抱えの風魔小太郎でも知らぬことであるぞ!」
「日本国民の大半が知ってることだよ!」
敏行の堪忍袋の緒が切れた。本棚より「まんが日本史・織田信長」を取り出し、信長に渡した。
「この本にアンタのことが全部描いてある! 読めや!」
信長は本を開いた。漫画のフキダシの文字を丁寧になぞりながら頁を捲っていく。
「うむ、文字が一文字一文字分けられていて読みにくいが、読めないことはないぞ」
筆書きの続け字崩し字の草書体じゃないから読めないなんて言われなくて助かった。そんなことまで世話出来ねぇよ。敏行は呆れ気味に舌打ちを放った。
信長は漫画に描かれていた自分の人生を読み解いていく。生まれた時に乳母の乳首を噛みちぎろうとしたこと、犬千代(前田利家)と傾奇者やってうつけ者と尾張の領民に嫌われていたこと、父・信秀が亡くなった時に焼香の灰を祭壇に向かって投げつけたこと…… 自分の幼少期が晒されていることに赤面するのであった。信長にとっては黒歴史の発掘である。
「聞いてよいか?」
「何だよ」
「何故に我の幼少期がこんなに詳しく描かれているのだ?」
「アンタが死んだ後に『信長公記』って言うアンタの自伝を書いた人がいたんだ。太田牛一って知らない? 権六(柴田勝家)の部下から引っ張ってきた弓上手い人。アンタ部下多すぎて覚えてないかもしれないけど、その人が書いたの」
「ああ、奴か。その場にいたら首を刎ねてやるものを! 主君の昔話を穿るような真似をしおってからに」
「はいはい、昔話に詳しいってことでお友達の犬千代さんの口封じも考えましょうね。あの方も有る事無い事言ってると思いますよ」
「全く、あの犬めが。名前の通り盛りのついた雄犬みたいに腰が軽いだけならまだ可愛げがあるものを…… 口まで軽いとは……」
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