フリー素材、織田信長

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 信長はスポンジが水を吸収するが如く、現代知識を身につけていった。パソコンの使い方を教えてインターネットを覚えさせれば後は勝手に現代知識を身につけると思ったのだが、戦国時代の人間にパソコンを教えることは、ある程度機械に関して概念のある老人にパソコンを教えることよりも困難であると敏行は判断したために、小~中学校レベルの教科書を与えることでの教育に切り替えた。後はテレビ鑑賞、信長曰く「絵巻物が動き喋るのは面白い」とのことで何時間でも鑑賞を続けている。今の自分の扱いに関しては「がはは」と豪放磊落に笑いながら許すのであった。 ある日、敏行の帰りが天辺を超えてしまった。いつものことである。 「ただいまぁ……」 早朝に出勤し、天辺まで仕事をしていた敏行はくたびれ疲れ切っていた。玄関から信長のいる部屋に行くまでの廊下を歩く足取りも極めて重い。 「よくぞ帰った。我は嬉しいぞ」 信長は基本、外には出ない。右も左も分からない現代で外に出るのは自殺行為であることをわかっているからだ。今は自分の心の内政(現代知識)を固める時期であるとし、一日中テレビと教科書を見るだけの毎日を過ごしていた。ただ、一人でいるのは寂しいだけに敏行の帰りを毎日心待ちにしている。 敏行は信長にネットスラングから引用した「ノッブ」と言う愛称を付けていた。信長もそれを受けいれている。 「ノッブ、布団敷いてくれる?」 「心得た」 信長は押入れから布団を出し敷いていく。そして台所でコップに水を入れて敏行に渡す。敏行は水をぐいと一気に飲み干した。余談だが、信長が水道を初めて見た時は「人は湧き水すらも自在に操れるようになったのか! しかも清水の如き無限に湧き出るとは!」と顎を外すぐらいに驚いていたのだった。 「ありがとう…… ノッブ」 「貴様、何故に毎日こんなに帰りが遅いのだ。日が昇り、日が暮れ、夜が更けても終わらんとは何事だ。農民でも日暮れには引き上げるぞ」 「毎日が夜戦なんですよ……」 「もう戦のない世の中だと本で読んだぞ。嘘はいかんぞ」 「仕事が長いんです」 「貴様の『えすえむあいかむぴうた』たる仕官先は何か? 毎日毎日このような夜更けまで働かせておるのか!」 「はい、そうなりますね」 「てれびで言っておったぞ。毎日毎日夜遅くまで働かせる仕官先は『ぶらっく企業』と言うて人を奴隷扱いするところと聞いておるぞ。こんなところにおっては貴様が死んでしまうぞ!」 「死にゃあしませんよ…… ノッブ達の時代と違って人同士で殺し合いがないんで……」 「たわけが! 朝から晩まで働いておっては疲労に殺されるぞ! 疲労は刀や矢や鉄砲と違い痛みもなく人を殺しにくる、げに恐ろしきものであるぞ! 日が沈めば手を止めて家に帰らせ休ませる! 人を(つか)うということはこういうことであるぞ! これが上に立つものの責任であるぞ!」 「ノッブ…… ありがとう。心配してくれるんだね」と、敏行は心配してくれる信長に感謝をするのだが、所詮は電気のない時代の人の発想かと半分は小馬鹿にするのであった。 「当たり前だろうが! 根無し草となった我に尽くしてくれる心安き者の心配をせぬは人でなし! 天正の世に戻ることがあれば貴様には国を任せたいぐらいだ」 「ははは…… 国、ですか。好かれたもんですね」 「城でもくれてやりたいところだが…… 我の城は皆、人手に渡っておる。我が『元は我の城であるぞ!』と言ったところで狂人の扱いであろう」 信長の生家の那古野城(名古屋城)は勿論、清州城、岐阜城、信長の居城であった城は全て今や織田家のものではない。 「お気になさらずに。別にノッブに何かもらおうと思って親切にしてるわけじゃないんで」 「全く…… 令和(ここ)はとかく生き辛い。確かに便利な物が多い! だが、そのために人の自由が削られておる、夜の闇を削り、昼も夜も無くなったせいで人が休めんではないか。人はいつ休めばよいのだ?」
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