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「そのスラムにいた前はどこにいたんだ?」
確か自己紹介の時に、学校は3年ぶりだとかって、萌黄先生が代弁していたはずだ。なら、千夏の発言はおかしいのではないか。
しかし千夏は、逡巡する素振りを見せてから「ごめん、覚えてないんだ」と、顔の前で両手を合わせた。
彼女と反比例するように、僕と読書の縁は深い。小説好きな父さんの影響もあってか、今まで多種多様な本に触れてきている。
さすがに最初は思っていた。絵がない本はつまらないだけだ、なんて。
ところが、どうだ。活字を追っていくうち、空想の世界が瞬く間に広がっていく。まるで、別世界にでも転生したかのようだ。
そして読後に感じるのは、この上ない晴れやかさ。それは全力疾走した後の爽快感と酷似していた。
ずっしりとした重さと厚み。
黄ばんだ紙の匂いや触り心地。
ページをめくる、軽やかな音。
それと共に、進んでいく物語。
その全てがいつしか、僕のお気に入りとなっていた。
部活の都合上、図書委員を務めることはできない。けれど、週に2回のペースで図書室へ通っている。
そんな場所へ入ると、ありとあらゆるジャンルの本がところ狭しに並べられていた。その横には長い机がいくつかあり、まばらに人が座っている。
おそらく騒がしい教室が嫌で、抜け出してきたのだろう。飲食をしたり、スマホをいじったりみんな自由だ。
しかしながら、暗黙の了解である沈黙は保たれている。安らぎと落ち着きをはらんだ快適な空間だ。
そんな図書室を一度として利用したことがないなんて。にわかには信じ難い話だ。もし本当なら、千夏は何をして暇を潰していたのだろう。
本がない世界などあり得ない。そんな僕にとっては、とてつもなく大きな疑問だ。ゲームだろうか。それとも…………。
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