旋風の吹き始め

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母さんの隣には会社から抜け出してきたのだろう、スーツ姿の父さんがいた。 「いいって。それより、大丈夫か」 「ええ。実は今朝からめまいがしててね、レジを動かしてたら、過呼吸が起きて倒れちゃった。それだけよ」 あっけらかんと母さんは言った。たぶん、病状かなんかだろう。めまいは日々のストレスの可能性もあるが。 「それで、検査を受けたんだけどね、実は…………」 そこで、母さんは言うのを躊躇するように口をつぐんだ。その訳を知っているのか、父さんは俯いたまま何も言おうとしない。 沈黙の時間が長引く度、重い何かが募っていく。それは緊張なのか不安なのか、なんとも言えない感情だ。 「病状が進行しているみたいで、長らく入院だって。こんなの4年半ぶりだわ」 あからさまに明るい声で母さんは言った。きっと僕らに心配をかけたくないのだろう。そんなのはごめんだ。 母さんは心臓病だ。そのため激しい運動をすると、すぐに過呼吸を起こしてしまう。水泳だと、とりわけそうだ。 そのせいで、体育の授業は見学ばかり。体力テストも記録係に回されたらしい。それ以外は草引きや石拾いをしていたという。とにかく面倒で、退屈な時間だったそうだ。 「手術は?まだ、間に合うんだよな?」 今にも逸りそうな気持ちを、なんとか抑えながら問う。 以前の入院時。そのときは手術など、できるわけがないと言われていた。 しかし、それは4年と半年前の話。 今となっては少なからず、医学が進歩しているはず。 「それがね…………もう、手遅れだって。余命も長くてあと1年、なんて言われちゃった」 消え入りそうな声で発する母さんの声。悲しそうに眉尻は下がっていた。 そんな…………。 倒れた上に入院。追い打ちをかけるような余命宣告。 病弱なのは、幼い頃から知っていた。お見舞いに行った記憶も、複数ある。 けれど、こんなに進行するなんて。たった4年半放っておいただけなのに。恐るべし、病の力。
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