空に祈る少女

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確か、家を出た時は雲なんてひとつもなかったはずだ。それが今では、複数の細い雲がたなびいている。 「はくと?不思議な名前ね。でも、似合ってる」 そう言って千夏は、微笑みを浮かべた。瞳が前髪に隠れているからか、心なしか不気味な印象を受ける。 それより違和感を感じるのは、第一声の方だ。とツッコミを入れたかった。けれどやめた。まだ会って間もない。一緒に日々を過ごしてみれば、明らかになる。案外、周りの奴と変わらないって。 第一、クラスメイトだったとしても、隣の席にでもならない限り話すことはないだろうが。 不意に鞄へつけっぱなしにしている、腕時計を確認する。入学祝いにと母さんからもらった。縁は黒で、新品さながらだ。それは朝練開始15分前を指している。 この河川敷から旋風高校までは約1キロ。きっと走れば、三分半もかからない。ゆえに遅刻する可能性は、ゼロに等しい。 その場から立ち去ろうとする僕のことも知らず、彼女はまた、空へ祈りを捧げている。 どんな祈りを捧げているのであろうか。またなぜ、神社でもないのにそうしているのか。 彼女が、この世界を優しいと言う理由。長い前髪に隠された瞳。 その複数の解答欄を僕はまだ、埋めたいとも知りたいとも思わなかった。 ただ、ミステリアスな印象のみ頭中に残る。それだけであった。
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