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 目が覚めたとき、訳がわからなかった。  私は処刑されたはず――生き残ってしまったの?  がばりと起き上がり、その場所がどこなのか確かめようとして、さらに困惑した。 「ここは……」  見おぼえがある。  見おぼえはあるが、遠い彼方から引っ張り出された記憶だ。  そこは『私の部屋』だった。義妹に譲ってすっかり模様替えされてしまったはずの私の部屋が、もと通りの姿でそこにあった。 「どういうこと……」  ベッドから降りようとして、自分の服装に気がつく。  ふわふわとしたネグリジェ。こんな柔らかな生地を身に付けたのはどれぐらいぶりだろう。ドレスや学園の制服も良い生地だが、しっかりしていてこんな肌触りにはならない。なにより下着が違う。 「どういうこと……」  同じ台詞を繰り返して、辺りを見回していると、軽いノックの音がした。 「おはようございます。お目覚めでしたか」  にっこりとほほ笑み入ってきたのは、懐かしい顔。子供の頃私の世話をしてくれていたルイゼだ。  ところが久しぶりに会った彼女は、そんな時期などなかったかのように、ごく普通に世話をしはじめる。頭の中は疑問文で一杯だ。  まさか、と浮かんだとき、私の口は勝手に動き出していた。 「ルイゼ……」 「はい、メィさま、どうかなさいましたか?」  懐かしい。私をメィと呼ぶのは彼女だけだ。死んだ母はラヴィナと呼んでいた……  ……じゃなくて。 「今日は……何日かしら」 「水の月3日でございますね」  即答してくれるルイゼに、ごくりと唾を飲み込む私。 「……何年の?」 「帝歴403年にございます」  きょとんと不思議そうな顔で答えてくれるルイゼ。  帝歴403年。――12年前だ。 「嘘だ……」  そうして見た私の手は、ずっと小さい。ルイゼの顔も、記憶のままなのはおかしい。もっと年月分の差異があるはずなのに。  私が部屋を追い出されたのは7歳の時だった。12年前なら私は6歳。ああ。 「メィさま!? 大丈夫ですか!?」  フラついた私をルイゼが支える。6歳の子供の体重は軽々と受け止められた。  私は、死んだはずで、死んだはずなのに6歳の頃に戻ってきてしまった。  昔を、思い出したから? 笑顔でいた頃を考えてしまったから?  またあんな苦しみを繰り返すの?  ガタガタと震えるからだを、ルイゼは懸命にさすってくれる。どうなさいましたか、大丈夫ですよ、とルイゼの方が泣きそうな声で。  その声に少し落ち着いて、大丈夫、と答えようとした瞬間、ルイゼはこう口にした。 「新しいお母様も妹さまも、きっと仲良くなれますからね」  と。  新しい母親。新しい妹。  ざっと頭から血の気が引く音がする。  その二人は私を苦しみの底に突き落とした本人。  そうか、そうだ。6歳の時だった。あの二人がやって来たのは。  お母様が亡くなった翌年、父が連れてきたのだ。私がまだ幼いからと。そのさらに翌年に弟が生まれたことから、嫡男の問題もあったのかもしれない。  その二人が、やって来る。  私の顔色を見たルイゼはベッドに横たわるよう告げると、医者を呼ぶと言って部屋を飛び出していった。  私は震える腕を抱え込むようにして布団に潜り込んだ。  私は、  私は。  あの地獄の苦しみをまた最初から受け直すために生まれ直したのか。  私はそれほどに神様に嫌われたのだろうか。  何がいけなかったのだろう。何が、神様の気にさわったのだろう。  ああ、どうかお許しください。お許しください、神様。  朝は誰より一番に起きて屋敷中の埃を払います。  どんなに無茶な用件を命じられても、必ずこなしましょう。けして文句を洩らしません。喜んでしてみせます。  夜は誰より遅くまで勉学を積みましょう。  国内の貴族の名前や略歴はもちろん、周辺諸国の貴族も完璧に覚えてみせます。語学は周辺諸国と古代語、神代語に加えてメルシア語、神聖魔法文字も覚えます。マナーやダンスももっと完璧になります。楽器だって刺繍だって、歌や料理だってやってみせましょう。  身のほど知らずな、王太子の婚約者なんて立場は望みません。今度こそはきっと選ばれないでしょう。  だから、だから。 「どうか許して……」  そうして強く強く祈りながら、私はそのまま気を失うようにして眠りについた。
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