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 義母と妹は、シュタール家が持つ領地の二つ隣に領地を持つ子爵家の出身だ。領地を持たない法衣貴族に嫁いでいたが、夫が突然の病でなくなり。実家に戻っていたのを父が見初めたという話だった。  その領地からここまでは複数のルートがあるが、最も短距離で早くたどり着けるルートには、深い谷川を横目に進む道があり、たまに落石による事故が起こる危険な場所として知られている。  危険と言っても、死亡例は少なく、普段から領民も使うような道。聞けば山側に落ちた落石を避けるように通ろうと、谷側へ馬車を寄せたところで、操作を誤り馬が暴れだしたとか。  まぁ、当の御者も同時に亡くなっていて、調査をした父や隣領主の部下と、護衛や、荷物や侍女を乗せて後付きをしていた馬車の御者の証言を総合した結果の憶測だが、妥当だろう。  これを、義母の葬式に参列した父から聞かされ、私は唖然とした。  あの、恐怖の対象だった義母と妹が消えてしまった。  しかも、こちらの領地についてから手続きするはずだったため、戸籍上ではまだ母でも妹でもない。  私はへたへたと座り込み、また父とルイゼに心配そうに介抱された。  義母も妹もいない?  神様は、私を同じ運命に辿らせようとしたのではないの?  だとしたらなぜ、私は6歳の私に生まれ変わったの?  混乱のまま、私は自分の部屋に戻ろうとして……ふと思い立ち、何度も義母に呼び出された部屋に向かった。  そこは……義母の気配など全くない、私の母の香りだけが色濃く残る、この屋敷の女主人のための部屋だ。  ほぅ、と息を吐き出し、母とよく座ったソファに腰かける。  このソファも……義母が来てすぐにどこかに捨てられてしまった。母の遺品は大概捨てられたり売り払われたり、母の弟である叔父が知って愕然としていたっけ。けれど叔父より義母の実家の方が、同じ子爵でも力が強くて文句も言えなかった。  ほろほろと涙がこぼれる。  父はまた、別の再婚相手を探すのだろうか。嫡男の問題があるから、きっと探すだろう。そうしたらまた、新しい義母にこのソファは捨てられてしまうのだろうか。私はまた……邪魔な義理の娘、と虐げられるのだろうか……。  止めどなく流れる涙をソファに落としながら、前世の生活が思い出される。  二人がやって来た翌年、弟が生まれてから父は変わってしまった。  私のことを見向きもしなくなったのだ。  私の部屋は妹のものになり、お母様のいたこの部屋が義母好みにすっかり変えられたのと同じように見る影もなくなってしまった。ルイゼは解雇されて家から去っていき、私は使用人同様の扱いをされるようになった。学問や礼儀作法は教わるけれど、それは一つ年下の妹をサポートするためだった。  王太子の婚約者候補である妹をサポートするために、私は妹よりもずっと厳しく教育された。  しかし、婚約者として選ばれたのは、なぜか私だった。  候補は、血筋と位が最も良い侯爵令嬢と、その愛らしさと利発さを知られる妹の二人が有力候補なのではなかったのか。なぜ候補でもない私なのか。  疑問の渦巻くなか、私は正妃教育に埋没されていく。様々な知識をのべつ幕なしに詰め込まれる中で、当の王太子殿下とは軽い挨拶程度の接触しかない状態が続いた。  その間に、同じアカデミーに通っていた妹は王太子との仲を深め……。  王太子に、私が妹を虐待していると吹き込んだらしい。  その虐待の詳細を聞いて思ったものだ。ああ、私は義母と妹に虐待されていたのか、と。  まともに食べ物をもらえなかっただなんて、妹のふくよかな胸と私の体を比べればどちらがそうなのか、一目瞭然ではないだろうか?  身内をもストレスの捌け口に苛めるようなものが、民を幸せにできるはずがないと、王太子は私との婚約を破棄した。  弁明は、一切聞いてもらえなかった。  その後、どこぞの令息を殺しただの、国家機密を漏らしただの、王太子の殺害を計画しただの身に覚えのない罪の数々を疑われ、王城の牢の隅で首を落とされた。  ――あんまりじゃないだろうか。  何がいけなかったのだろう。どうすれば良かった?  ソファの布に染み込む水滴を見ながら考え、ふと気がついた。  義母が、来なければ良いのではないか。  嫡男の問題があるが、これは私が婿をとると言う方法でなんとかなる。そうだ、そうすれば王太子の婚約者にもなれないしならなくていい。  伯爵を継ぐのだから、婿になりたいと言う人間はたくさん出てくるだろう。私が伯爵家の血を持つのだから、命を狙われる立場でもない。  解決だ。  私はグッと嬉しくなった。  正妃教育でざっと法律を学んだのが役に立った。しかも婿はアカデミー卒業までに決めれば良い。前世にはまともに通えなかったアカデミー。いろんなことをしてみたい。  私は心がずっと軽くなったのを感じた。  父が許可してくれるかはわからない。けれど、目標が定まったのは吉祥だ。まるでこれが本当の運命の筋道だったかのように、晴れ晴れとしている。  言うほど簡単なことではない。けれどもやりがいがあると思う。  ― * ―
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