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「まあ、とりあえず昼でも買いに行こうぜ。午後も仕事だろ?」
「はい」
私たちは、近所のレストランがやっているテイクアウトを買いに出かけた。そこは小さなビストロで、木を使ったナチュラルな店内だった。雰囲気からでも良いお店なんだろうな、と分かる。茶谷さんに聞いたら、こんな事態になるまでは地元の人気店だったんだそうだ。
「飲食業も、俺らも、今はきついな」
「そうですね」
「赤堀の好きな音楽も、大変そうだし」
「はい・・」
お昼のテイクアウトを買った帰り道、私と茶谷さんは手を繋いで歩いた。色んな事が変わってしまったこの世界に、茶谷さんの存在を確かめたくて、私はその感触をずっと記憶しようとしてしまう。
意外とザラザラしてるんですね、クリーム塗ったら?とか、でも、手が大きくて安心するなあ、とか、そんなことを考えているうちに、あっという間に茶谷さんの住むマンションに着いた。玄関に入って靴を脱ぎ、手洗いしなきゃねと洗面所を経由。
買ってきたお昼の袋がテーブルに置かれているのを目視して、マスクを外したら、急に茶谷さんに抱きしめられた。
「茶谷さん?」
「赤堀は、そのままでいて」
「当たり前じゃないですか、何言って」
そこで、会話を塞がれた。お昼に買ったの冷めちゃいますよって言いたくなったけど、きっと茶谷さんの家には電子レンジくらいあるに違いない。だから、そんなことは気にしなくても大丈夫だ。
私は、この部屋に着いて最初にしたキスよりも、ちょっとだけ積極的になって茶谷さんに想いを返してみた。
していることは左程変わらないというのに、さっきよりも茶谷さんと自然に繋がっているような、切なくて温かい感じがした。
お昼に買ったテイクアウトの、トマトソースの香りがする。一生懸命息をしようとする私の鼻を、食欲と共に刺激した。
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