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「すいませーん、じゃ俺先あがります」
バイト先の人にそう伝え店を出た俺は足早に家に向かう。現在時刻は12時15分。鈴風の入学式は1時半からなのでまだ余裕はある。
出席するかどうかはまだ分からないけれど、でも俺はあいつを信じてやりたい。朝少しでも変わりたいと思ったのなら出てきてくれると。
「いや、出てはきてたのか。あれはやっぱまずったよなぁ」
今朝の事を思い出す、なにも着ていなかった。明らかに見てしまった。おそらく同年代の平均よりも大きく膨らんだ二つの…………。
「あぁぁぁぁぁ」
頭から抹消しようとすればするほど甦ってくる。髪の毛は自分で切っているのか、肩より少し伸びたあたりでバッサリと切られていた。
俺と鈴風の関係は別に悪くない。最初の頃は会話も全くと言っていいほどなかったが段々と食事を置いたり扉に話しかけていくうちに返事が返ってくるようになった。それが約一年半前だ。それでも俺は鈴風を直接見ることはなかった。
三年ぶりに見た鈴風はかなり変わっていた。
「…………あぁぁぁぁぁっ」
頭を抱え唸りながら歩いていると直ぐに俺のアパートが見えてきた。今度は今朝のようなことにならないようにしなければ。扉の前に立ち自分の家なのにノックをする。
「あのー大丈夫ですかー」
もしちゃんと部屋にいるなら返事は返ってこないと思っていた。だけど意外なことに返事が返ってきた。不審者などではなくしっかりと鈴風の声で。
「だ、大丈夫。てか、忘れろって言ったよね!?」
「平気だ、もうほとんど消えかかってる」
「残ってんじゃん!」
取り敢えず玄関でいつまでも言い争いをしているわけにいかないので許可も貰ったことだし開けて中に入った。そこにいたのは勿論鈴風だったのだが……。
「お前、その格好……」
「あんまりジロジロ見ないでよ」
そう言って鈴風は身体を抱き締めるように隠した。何しろ鈴風が着ていたのは中学の制服だったのだ。
「似合ってるぞ、それ」
「似合ってるってただの制服でしょ……でもありがとう」
「中学、行く気になったのか? 無理してないか?」
俺はそこまで言ったところであることに気付いた。鈴風の身体が小さく震えているのだ。
「だ、だいじょうぶだから……」
けれどもやっぱり震えている。けれどここまで言っているのだから止めるような真似はしない。 改めて俺は鈴風を見てみる。妹が部屋を出てきて制服を着て目の前に立っている。思った以上に感動したのか涙が出そうになったが兄の威厳を保つためグッとこらえた。
「それじゃ出席するからには整えないとな」
「整える?」
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