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俺は怯える鈴風を支えながら家の外へ連れ出した。もっと大変かと思ったが結構すんなりと外に出てくれて嬉しい。
「さくら…………」
「そうだな」
鈴風は家の前にある大きな桜の木に目を奪われていた。引きこもっていた時には外を見たりしなかったのだろうか。いや、部屋の中からと外ではかなり違うのだろう。
横目に俺が見ていると柔らかな風が花びらをヒラヒラと舞わせ鈴風の頬をなぞった。
「こんなに綺麗だったかなぁ」
鈴風がぽつりとそんな事を言う。俺もまた桜に改めて目を向けてから本題に入った。
「その髪なんとかするぞ」
「髪?」
鈴風は少し首を傾げてから自分の髪に手を伸ばした。その髪は肩より少し伸びたあたりでバッサリと切られておりお世辞にも綺麗とは言えなかった。
「流石に入学式にそれで行くわけにもいかないだろ? 折角なんだからもっとちゃんとしないとな」
美容院に連れていくのだが歩いていくのも遠いし、式に間に合わなくなっても嫌なので自転車を用意しながら鈴風を見ると少し距離が開いている気がした。俺、何か変な事言っただろうか。
「キモッ」
「えー」
いきなり罵倒され困惑する俺。
「なんでだよ。つーかこれから行く所の人は俺の知り合いのとこなんだけど」
「知り合い?」
「あぁ、まぁちょっと色々あってな」
この辺の話はまたこれからすれば言い。たくさん話す機会もあるだろうし。俺はそこで話を区切るとサドルにまたがって後ろをポンポンと叩いた。鈴風はそこにゆっくりと腰かけた。
「じゃあ行くからしっかり掴まってろよ」
「う、うん!」
返事と共に腕が俺の腰に回され、それを合図に全速力で走り出した。暖かい気候もあって、受ける風がとっても気持ちいい。
「ねぇ、なんでお兄ちゃんはここまでしてくれるの?」
「どうしたんだよ、急に」
「だって……改めて考えたらこうやって顔をしっかり合わせて話すのなんて多分初めてなんだよ?」
確かにその通りだ、引きこもり始めてからは勿論、初めて会った頃だってまともに会話どころか目を合わせた事すらないと思う。でもそれでも、だからこそ少しずつ話すようになって、あの時できなかった事をやっていければ良いのかなと思ってる。まぁ、恥ずかしくて言えないけどな。
「それは秘密だ、つーか遅刻しちゃうからさっさと行くぞ!」
俺は更にペダルにかかる足に力を込めた。
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