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オレは動物園にいる。なぜいる?惹かれたからだ。そうとしか答えようがない。
猛禽類舎、ライオン舎、ゴリラ舎を通り、チンパンジー舎にたどり着いた。
そこにひととき佇んでチンパンジーを眺めていた時だった。
1匹のチンパンジーがこちらをずっと見ている。
こちらを愛嬌ではなく、愛情のこもった目で見ているチンパンジーと1時間も見つめ合っていた。それが、2時間3時間と過ぎるうちに、親父の存在の輪郭がこのチンパンジーと重なった。
しかし、エサの時間を察知すると、尻を掻きながらプイとそのチンパンジーはいなくなってしまった。
―アレ、おやじか?―
なんでかこの言葉が浮かんだ。オレは実際理解できない。
もしくはとも思うが、やはり理解できない。
―まさか―
オレは苦笑する。
―まさかな―
オレはこの頃、自分の体毛が濃くなってきたことを気にし始めている。
その体毛は身体の一部ではなく、身体全体に満遍なく伸び出しているのだ。
それが顔全体に発生し始めた時は、恐怖まで感じたほどだ。
ただ、なにか分からない温もりも感じ始めている。
ああ、親父と一緒だ。という安心感。苦しみを共有してきた安堵感が、体毛という形でまたオレの心を満たし始めている。
親父の抜けた家はなにか、冷めた肉まんや小籠包のように、拍子抜けするような感覚でいる。
ただ、今日も家は安泰である。
いま家にいるのは、オレと5年間放置したままの、部屋に腐臭が立ち込めたじーさんの死体だけだ。
(了)
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