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「せめて恩返しに来ました」
「帰って!」
私の目の前には、貧相な見た目をしたお兄さん。言われてみれば、昨日蜘蛛の巣に引っかかってたセミを哀れと思って助けた気がするな。まさか人間になって恩返しに来るとは。
……いやいやいやいや。
「帰ってください」
「せめて恩返し」
「現代日本でそういうアレ流行らないんですよ。ぶっちゃけしがないOLに一宿一飯を求めに来たヤバい人にしか見えないし、よしんば真実だとしても残り三日の命ならここで恩返ししてる場合じゃないでしょ。子孫残さなきゃ」
「死ぬほどモテなくて」
「でしょうね」
つい本音を漏らすと、ちょっと傷ついた顔をした。自分から振っておいて何だその顔は。
「だから私のセミ生(せい)、せっかくなら恩人さんの為に使わせていただこうと思ったんです」
「セミにしておくには勿体無いぐらい仁義に厚い」
「なんでもします! あ、試しにちょっとここで鳴いてみましょうか!?」
「サンプルにセミ成分が残り過ぎてない? やめてよ、夜の七時よ?」
ご近所迷惑も甚だしいのである。やっぱ本当にセミかもしれない。人間的な常識がズレてるもん。
セミ(暫定)は溜息をつくと、うつむいた。
「……分かってます。せめて、私もイケメンか超絶可愛い女の子に変身できれば良かったのですが……」
「あ、貧相な見た目って自覚はあったんだ」
「でも、何度やってもこうなって」
「人間だってそんなもんだよ。生まれ持った容姿にリセマラはできない」
「リセマラ?」
「ごめん、忘れて。……でも、落ち込むことじゃないよ。だって後からどうとでもなるもん」
ちょっと考えて、セミの容姿をまじまじと見る。……よく見れば骨格も華奢で、肩幅も狭い。ふと思い立って、私は部屋に道具を取りに行った。
「それは?」
「メイクセット」
そうして、セミの顔に化粧を施していく。肌艶もいいし、化粧ノリは悪くない。鼻は高いけど薄い顔なので、ちょっと濃い目のメイクが似合うだろう。これは、本当に化けるかも……!
それから、数分後。
「嘘、これがアタシ……!?」
生まれ変わったセミが、鏡を持って目を輝かせていた。私の服も貸してあげたので、どこからどう見ても今は女の子である。
「姉御!」
「姉御とちゃう」
「アタシ、まだ輝けるかも……! ありがとう! 子孫もワンチャン出てきたわ!」
「出てきたかな?」
「子孫残せたら、また来るわね! ミーン!」
「あ、出てった」
セミさんは勢いよくどこかへ走ってった。まあこれでこの騒動も終わりかなと思ったのだが。
その二日後。
「ただいま」
「おかえり」
「雄しか寄ってこなかった」
「でしょうね」
「なのでせめて恩返しに来ました!」
そういうわけで、今私の自宅に明日死ぬ女装男子がいるのである。
どうしたもんかな、これ。
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