8.花火

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8.花火

 最後まで菜々を気遣っていた両親も、翌日の朝には山梨の祖母宅へと出発し、自由軒は三日間のお盆休みに入った。  あの後、消沈しきった菜々をアパートに送り届けてからというもの、ぱったりと連絡は途絶えた。  俺からメッセージの一つも送ってやろうか迷ったものの、なんと声を掛けてよいものか躊躇われて、何度も何度も書き直したメッセージは結局送信される事のないまま消えていった。  全部明かしてくれた菜々に感謝したい気持ちがある一方で、俺の中には少なからずショックがあったのも事実で……気にしないと言えば嘘になる。こんな状態で菜々に会ったとしても、ちゃんと彼女を受け止めてやれるという自信が持てなかった。  迷った末、俺が覚悟を決めて菜々の部屋へと向かったのは開けた十四日の夕方――日暮学園近くの市民公園前で花火大会が行われる前の事だった。本来ならば今頃は二人で日暮学園の駅前を楽しく歩いていたのかもしれないが、今からでは到底間に合いそうにもない。  でももし花火が始まって、その音が家の中まで響いて来たら……一人ぼっちの菜々がどんな気持ちでそれを聞くのか想像したら、居ても立ってもいられなかった。  通いなれた虎山の坂道を下り、大場ケイル荘へと向かう。玄関の引き戸はガラガラとけたたましい音で来訪者を告げるのに、屋内はシンと静まり返って何の反応もなかった。  きしきしと軋む階段を上り、廊下の中ほどにある菜々の部屋のドアの前に立つ。少し逡巡したものの、深呼吸して、扉をノックした。 「菜々ちゃん。俺……幸太だけど、いる?」  返事はない。  まさか、留守にしてるんだろうか。 「菜々ちゃん、いないの?」  もう一度呼び掛けるが、やはり応答はなかった。
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