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「経営? 何それ? 菜々ちゃん会社でも始める気?」
「そんなんじゃないよー。経営学部って言っても会計とか、そういう事務的な方だから。一人暮らししてる間にお金のやりくりの大切さを知ったから、もっと勉強して、自分がお店やる時とかにも役立てたらいいなって思って」
お店やる時とか?
おい、今口滑らせなかったか?
恐る恐る盗み見ると、有純と目が合った。やべー、絶対気づいたよこいつ。雄介の目まで点になってるじゃないか。
「ちょ、ちょ、ちょっと待って! 菜々ちゃんお店ってまさか、自由軒の事? 幸太が調理師学校行って、菜々ちゃんが会計の勉強って、もしかしてあんた達……」
「違う違う、早とちりし過ぎだって! たまたまだよ!」
「あ、ほら、見て」
俺達が言い合いをしていると、菜々が突然駆け出した。
虎山駅前のロータリーに、桜が咲いていた。
霞のように薄い雲がたゆたう空に、満開の淡い花びらのコントラストが鮮烈だった。
「幸太君、写真お願いしてもいい?」
スマホを片手に、菜々が手招きする。
「一人でいい? 有純と雄介も一緒にみんなで撮る?」
「だったら僕が撮ります」
意図を察して言うと、雄介が名乗り出てくれた。
「えー、だったら二人で撮ればいいじゃん。あたし邪魔じゃない?」
「いいんだって。叔父さんに送るんだから、男と二人じゃ気まずいだろ」
「撮りますよー」
人波の邪魔にならないよう、そそくさと撮影する。菜々は雄介に礼を言ってスマホを受け取ると、早速文章を打ち始めた。
相変わらず花本の家と菜々との間の行き来は断たれたままだ。けれど菜々は、折に触れてはこうして写真やメッセージを叔父に送るようにした。一方的に送り付けているのに等しいだけに、向こうがどう受け止めているかは俺達の知る所ではない。
「あっ」
電車が動き出した頃、菜々が隣で小さな声を上げた。
「向こうはまだ冬だって」
差し出したスマホには、固く閉じた桜の蕾が写っていた。叔父が珍しく返信してくれたらしい。
嬉しそうな菜々の笑顔に、胸の奥が暖かくなった。
菜々と花本の家との間に春が訪れるのも、そう遠くない日なのかもしれない。
【完】
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