8.花火

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「菜々、お前の両親がどこで出会ったか、聞いた事はあるかい?」 「いえ……」  かぶりを振る菜々に、祖母は言った。 「お前の父の吉一と母の華さんは、花本の家で初めて出会ったのだよ。ね」  ……今、なんて言った?  俺は思わず耳を疑った。菜々の母親が、婚約の承諾を? 菜々の父である吉一ではなく、叔父の吉秀と? 「菜々の母親は、元々は吉秀とお付き合いをしていた女性なのですよ」  俺達が混乱しているのを察してか、祖母はそう付け加えた。  同じ大学で出会った吉秀と華は、すぐに意気投合し、まだ学生であるにも関わらず将来を誓い合う仲となった。  吉秀は約束を果たそうと、婚約の承諾を得るために華を花本の家に連れ帰った。  そこで不運にも、吉一と出会ってしまったのだ。  吉一と華はその瞬間、道ならぬ恋に堕ちた。 「運命の悪戯もあったのかもしれませんが、後々思い返してみれば、まだ学生だからと、吉秀と華さんをすぐさま結婚させてやらなかった事だけが悔やんでも悔やみきれません。縁さえ結んでしまえば、あんな間違いを起こす事もなかっただろうに」  祖母は涙声で花をすすった。  惹かれ合う吉一と華は互いの想いを押さえきれず、やがて駆け落ちという手段に出てしまう。  弟の婚約者を奪い、家を捨てて逃げた吉一。  婚約者を裏切り、その兄と逃げた華。  二人が許されるはずもない。勘当などという言葉が生易しいと感じられるぐらい、祖父は怒りは生半可なものではなかったという。  当時司法試験に合格し、既に弁護士として歩み始めていたにも関わらず、吉一がその後弁護士としての職を得る事は叶わなかった。全く畑違いの工場や倉庫で働きながら、華と力を合わせて細々と暮らしを立てるしかなかった。  祖父はその後数年後には亡くなったものの、衣鉢を継いだ吉秀もまた、二人を許すはずもない。吉一と華もまた、吉秀に合わせる顔があろうはずもなく、絶縁したままの関係が続いた。  そんな中で吉一と華が不慮の事故死を遂げた。  唯一の親類縁者として、残された菜々と対面した時の吉秀の心中は、さぞかし複雑なものだっただろう。 「ましてや……」  祖母はふぅと息をつき、菜々を見た。 「お前は母親そっくりだからね。歳を取れば取るほど、華さんにどんどん似てくる。吉秀にとっては、逃げた恋人が戻って来たようにも思えただろうね」  一度だけ、吉秀がこの店にやって来た時の事を思い出す。  菜々を見る、慈しむような目――あれは菜々を通して、亡くなった元婚約者の面影を見ていたのだろう。  母屋には入れず、納屋の二階に住ませた理由にも頷ける。かつて自分を裏切り、兄とともに逃げ出した婚約者によく似た女性が家の中をうろついていたら、気が気ではなくなってしまう。ましてや相手は年を経る毎に成長し、自分が愛した当時の婚約者に近づいていくのだから。
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