8.花火

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 さらには自分の息子である秀一と駆け落ち騒ぎまで巻き起こしたとあっては、近くには置いておけないと決断したのも致し方ない処置だったのかもしれない。 「だからね、冷たい仕打ちに見えるかもしれないけれど、吉秀は吉秀なりに今もずっと苦しんでいるんだよ。離れて暮らすのは、お互いにとって悪くない方法だと思った。だから私も了承した。華さんとの馴れ初めについて、菜々にはまだ伝えていなかったから、色々と誤解もあっただろうがね。悪かったねぇ、長い事辛い想いをさせて」 「お祖母ちゃん……」  菜々は途中から目を真っ赤にして泣いていた。 「私、そんな事何も知らなった。叔父さんとお母さんの間に昔、そんな事があったなんて。私、叔父さんに対して取り返しのつかない誤解を……でも……でも私、どうしたらいいのかな? 私、叔父さんに何をしたら……」 「仕方がない。このままつかず離れず、細々と繋がりを残したまま生きて行くしかないさ。そのうちいつか、何もかも水に流して一緒に笑える日が来るかもしれない。その頃には私はおっ死んじまってこの世にいないかもしれないけどね」  優しく菜々の背中を撫でた祖母は、再び俺達に向き直った。 「……そんなわけで、吉秀も決して恨み骨髄でこの子に不憫な思いをさせているわけではないという事だけは、どうかご理解ください。あの子はああ見えて、誰よりも菜々を気にかけているのです。側にいる事は適いませんが、私宛にでも申して下されば極力ご不便のないように計らわせていただきますので、なんなりとお申し付けください」  三つ指ついて頭を下げる祖母に、俺達は慌てて礼を返した。 「それから……菜々」 「はい」 「生きて行くために仕事をするのは大いに結構な事だけれど、きちんと勉強も続けるのよ。その気があるなら、大学でも専門学校でも自分の好きな道を目指せばいい。決して親がいないから、身寄りがないからと夢を諦める事のないように。お前の親達にあった事は、お前とは無関係なんだからね」  懐からおもむろに取り出した袱紗をすっと菜々に向けて差し出す。広げてみると、菜々の名前が書かれた預金通帳と印鑑だった。  通常には見たこともない桁数の残高が記載されていて、横から覗き込んだ俺達も目が飛び出そうになる。 「吉一のためにと私達が掛けていた保険金だよ。勘当したとは言っても、子どもの頃にかけた保険はそのままにしてとっておいたんだ。事故のお陰で、菜々が一人前になるまでは困らないぐらいの金額がある。いつか菜々に渡す時が来るまでと思い、しまっておいたんだよ」 「お祖母ちゃん……」 「菜々に限って心配ないだろうけど、大事に使うんだよ」  にこりと微笑む祖母を前に、菜々は通帳と印鑑をぎゅっと胸に押し抱いた。かと思えば、再び袱紗の中に包み直し、祖母の前へと押し返す。 「でもこれ……まだお祖母ちゃんが預かっておいて。私、今は別にお金に困ってるわけじゃないし、なんとかやって行けてるから」 「いいのかい? 色々とお金に困る事もあるんじゃないの?」 「ううん。こんなにあった楽しちゃいそうだから。進学とか、本当に必要になる時まではお祖母ちゃんが預かっておいて欲しいの。それに……」  きょとんとする祖母に、菜々は泣き笑いで言った。 「これ受け取ったらもうお祖母ちゃんと会えなくなっちゃいそうで。お祖母ちゃんはまだまだ元気でいてもらわないといけないから。私がもう一度取りに帰る時まで、元気にしててよ」 「全くこの子は……しばらく見ない間に立派になって」  祖母はそう言って、目尻に滲んだ涙を拭った。 「じゃあ、花本の家で待ってるからね。その内また、帰ってくるんだよ」 「うん」  菜々はにっこりと微笑み返した。
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