二日目

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二日目

 退屈な現国の授業中。少し前までなら寝てしまうなり、関係のない小説を無駄に読み込んだりしたものだが、今は違う。  それは何故か。今は、隣の席にいる彼女を眺めていると時間が加速するからだ。  はっきりとした鼻筋に、くっきりとした黒くて大きな目。  そんな美しい面からは全くと言っていいほどに色が見られないが、それすらも麗人、鴻上麗華を彩るアクセントなのだと感じられる。  視線に気づいているのか、気づいていないのか。  授業に集中しているのか、していないのか。  もう随分と眺めているが、全く分からない。  そんな時、四時限目の終わりを知らせるチャイムが鳴り響く。  教師のまとめも聞かずに教室は、あっという間に喧騒に包まれる。  そんな中で僕も昼食の準備をしていると、麗華が席を立つのが目に入った。 「あれ、麗華さんお昼は?」 「ごめんなさい、佐藤君。少し用事があるので、先に食べていてくれるかしら」  そう言って外へ向かって歩いて行く。  ただ立って歩くだけで様になる優雅な雰囲気。  ついボーっと見惚れてしまうが、僕はふと我に返る。 「ちょ、ちょっと待って!」  無言で振り返る麗華。  どうやら返事くらいは聞いてくれるらしい。 「よかったら僕も付いていっていいかな? たまには別の場所で昼を食べない?」 「いいわよ。素敵な提案だと思うわ」  麗華はそう言うとスクールバッグから弁当を取り出し、再び歩き出す。  慌ててついていく僕。  あちこちから視線を集めながらも、横並びで暫く歩き階段をいくつか上る。  そして麗華が立ち止まったのは、屋上への扉の前だった。  キィという錆びた金属がこすれ合う音が聞こえたのち、眩い光とともに暖かい風が顔にぶつかってくる。 「麗華さんは屋上が好きなの?」 「ええ。高い所は好きよ」 「……そうなんだ」  何やら含みがある言い方に、僕は苦笑する。  適当な段差に腰かけて、横並びになって昼食を食べる。  以前まで屋上は老朽化の影響で立ち入り禁止だったのだが、最近ついに工事が終了し生徒へ解禁されたのだ。  背丈よりも随分と高い金網はもちろん新品で、整備がなされている。  もっとも、乗り出して運動場の様子を見降ろそうとは思わないけれど。  いくら見晴らしがよくても飽きてきたので、ふと隣の麗華に目をやる。  少しの音もたてずに減っていく弁当。  その現象も不思議だが、僕にとっては見慣れた現象なので、どうでもよい。  そんな事よりも、今日こそ聞くのだ。 「毎日、綺麗なお弁当だよね。手作りなの?」 「ええ。最低限の料理なら私も出来るわ」 「そうなんだ。僕はからっきしだから、尊敬するなぁ」  エプロンをつけて、料理をする麗華の姿を想像するだけで、たまらない。  黒の印象が強い麗華だからこそ、エプロンはピンクやイエローなど明るい色がいいな。 「そう。なら明日は作ってあげましょうか」 「え、何を?」 「お弁当」 「お弁当……ってもしかして僕の分も作ってくれるって事?」 「ええ。その認識で相違ないわ」 「……」  開いた口が塞がらないとはこの事だ。  もっともこの場合は嬉しさと驚きという衝撃が同時に衝突してきて、脳みそが事故ってしまった、という意味だが。 「急に黙りこくってどうしたの? 余計なお世話だったかしら」 「い、いい、いいやそんな事ないよ!? ただビックリしただけ。まさか麗華さんが、そんな事を言ってくれるなんて」 「大した事ではないわ、これくらい。それとも佐藤君にとって私は、そんなにも冷たい女に映っていたのかしら」 「全然! いやぁ、今から明日の昼休みが楽しみだなぁ」  明日の昼食は麗華お手製のお弁当。  そんな魅惑的な単語に僕は、菓子パンをかじりながら夢中になっていた。  しかし僕が麗華のお弁当を食べる事はなかった。  なぜなら下校中、それぞれの家へ向かうあの分かれ道。 「またね」 「ええ」  それが麗華と交わした最後の会話となってしまったのだから。  翌朝のニュースである。 「昨日の夕方十七時頃、――高校に通う女子高生が男に殺害される事件が発生しました。被害者の名前は『鴻上麗華さん、十七歳』  犯人は『あの女を見たら急に殺したくなったんだ。理由は分からない』などと供述しており、警察は通り魔的犯行とみて余罪を捜査しています」
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