三日目

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三日目

 授業終了を知らせるチャイムが鳴ると、やはりクラスは喧騒に包まれる。  HRが終わると、僕と麗華はいつもの通り並んで帰路につく。  コンクリートの道を挟むように並んでいる住宅街。  そんなどこにでもあるような路地も、麗華が歩けば映画のワンシーンのようだ。  オレンジがかった夕日に反射する、艶のある黒髪。  それを時折払って見せるのだから、つい見惚れてしまう。 「佐藤君」 「な、何かな麗華さん」 「佐藤君はここで曲がるのではなかったかしら」 「あ……」  麗華に言われ気づいたが、僕は今丁字路の真ん中に立っていた。  この曲がり角を曲がれば僕の家へ、ここを真っすぐ進めば麗華の家に行き着く。 「ごめん、ありがとう。またね、麗華さん」 「ええ、また明日」  名残惜しいと感じているのは、たぶん僕だけなのだろう。  並んで歩いている時と、同じペースで離れて行く麗華の背中を、ぼんやりと眺める。 『また明日』  この言葉だけが無性に頭の中で木霊する。  年頃の少女にしては低めで落ちついた声。  そんな透き通った声だけが、脳内をグルグルグルグル回って、無性に不安を掻き立ててくる。  この丁字路で別れるのは、いつもの事だ。  きっと明日も「おはよう、良い朝だね」なんて会話をするのだ。  うん。そうに決まってる。  ――本当ニ? 「……どうかしたのかしら、佐藤君」  ゾクッと背筋に冷たさが走った次の瞬間には、握りしめていた。  麗華の手を。  白くて、細くて、触るだけで壊れてしまいそうな指。  けれど温かくて、柔らかい優しい手だ。 「少し痛いわ」 「ご、ごめん!」  ほぼ無意識だったから力加減を間違えてしまったのか、麗華から苦情がくる。  慌てて飛び退くと、後悔の念が急に押し寄せてくる。  どうして僕は乱暴に麗華の手を掴んでしまったのか。  どうせならもっと、ロマンチックな状況で手を繋ぎたかった。  もっとも繋ぐ、というよりは掴むだったけれど。 「何か急に不安になって」  どんな言葉を発していいのか分からず、僕は素直な気持ちを吐き出す。 「心配性ね。いつもの事でしょう」 「うん……。けれど何か今日は違う気がする。だからもう少し、もう少しだけ歩かない?」 「ええ。佐藤君がそうしたいなら、私は構わないわ」 「うん、そうさせてもらうよ」  いつもは絶対に言えないようなキザなセリフが今日はどんどんと出てくる。  けれど、いつもより麗華と過ごす時間が増えているのだから、結果オーライだろう。 「ここまででいいわ。ありがとう、佐藤君」 「う、うん。ごめんね、さっきは変な事言っちゃって」 「構わないわ。また明日ね」  そう言い残して麗華は一人で歩いて行く。  丁字路と同じようにぼんやりと背中を眺めるが、さっきのように得体のしれない不安に襲われる事はなかった。  翌朝、僕は二つの選択肢に悩まされていた。  少し寝坊したのでインスタントコーヒーにするか、いつもの通り豆からドリップするか。  ドリップをしていたら遅れてしまうかもしれない。  なんせ麗華がいつもの待ち合わせ場所にて、僕を待っているのだ。  一分たりとも遅れたくはない。  だが毎朝のルーティンを崩すのは、何だか気持ちが悪い。 「まぁ急げば何とかなるでしょ!」  いつもの通りコーヒーを淹れ、準備を済ました所、結果は五分の遅れ。  僕は慌てて家を出て、待ち合わせ場所まで全力疾走する。  僕らの待ち合わせ場所は大通りの交差点、そのパン屋の前。  雑誌でも紹介されたくらいで、ここのカレーパンは僕もよく買うのだ。 「あ、おーい!」  全力で走ったからか、何とか二分遅れで済んだ。  それでも麗華に謝らなければならないのは、間違いない事であるが。  信号が青になり、一歩を踏み出した瞬間。  キィー! という甲高い音が耳を襲い、僕は思わずその場にうずくまってしまう。  少しして恐る恐る目を開けると、パン屋に一台の軽自動車が突っ込んでいた。  並んでいるパンを飾るように、ショーケースには一輪の赤い花が咲いていた。
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