五日目

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五日目

 学祭の準備時間である午後の授業。  自分のノルマをクリアした僕は、教室の端で小さくなっている麗華を見つける。  ベランダの段差に二人並んで腰かけ、色んな話をした。  学祭が楽しみだとか、明日は楽しいで一杯になるだとか、大した内容ではない普通の会話だ。  しかし僕にとっては、そんな些細で小さな会話がとても大事で、好きだった。  孤高の麗人、鴻上麗華という存在を少しでも理解できるような気がするから。  話が弾んだ、いやほとんど僕が喋っていたけれど、結局僕たちはチャイムが鳴るまで話し続けた。  教室に目をやると、大方準備も終わったらしい。  さっき廊下で色を塗っていた棒状の謎オブジェも、そこらに転がっている。  もっとも、教室に入れる時に、こけそうにはなっていたけれど。  ついに明日は学祭当日。  そして麗華という彼女がいる初めての学祭。  自分が楽しむというのは勿論の事、麗華に心から楽しんで欲しい、そう思うのだ。  翌日、朝のHRが終わると夕方まで自由時間となる。  クラスの出し物のシフトはあるものの、それも明日のみのため今日は一日自由時間だ。 「それじゃあ、行こうか麗華さん」 「そうね」  相も変わらず感情が凪いでいる麗華を連れて、校内を探索する。  お化け屋敷や多種多様の喫茶店、その他面白そうな出し物で廊下が彩られている。  どれも魅力的で目が奪われるが、それよりも大変なのはこの人の多さだ。  廊下が狭い事もあって、人波に乗せられ流されそうになってしまう。  これではいつ麗華と離れ離れとなってしまっても、おかしくないだろう。  僕は意を決して、麗華に手を伸ばす。 「麗華さん」 「どうかしたのかしら、佐藤君」  伸ばされた手をキョトンと見つめてくる麗華。  頭のいい麗華の事だから、この意図に気づいていないという事はあるまい。  つまりこれは試されているのだ、僕の男気を。  普段は麗華の方がキリッとしていて、クールで格好がいい印象だが、今日は違う。  僕だって男なのだから、彼女をエスコートできるのだと証明しなければならない。 「手を繋ごう。はぐれないために」 「その必要はないわ。これくらいの人だかりなら、はぐれる事はないと思うけれど」 「ううん。はぐれるよ、学祭はそういう所だから」 「そう。分かったわ」  少し考えるように一呼吸置いて、麗華の細い指が僕の指と絡まる。  いわゆる恋人繋ぎという奴だ。 「れ、麗華さん!?」 「はぐれる事を防止するためなら、固く繋がれておくべきだわ」 「そ、そうだね。僕もそう思ってたよ、当然に」 「意見の一致ね。嬉しいわ」  心臓の高鳴りを知られないように、僕は強く握り返す。  少し強張っている気がする手を引いて、僕は人波を進んで行った。  大しけ状態の廊下を抜け、校舎を出る。  昇降口から校門への、一直線の通りを挟み込むように様々な露店が出ている。 「去年も思ったけど、凄い規模だよね」 「そうね」  四方八方から誘惑が飛んでくる通りを並んで歩いて行く。  一口大のカステラやたい焼き、輪投げにスーパーボールすくい。  所詮は子供だましの遊びだと理解はしている。  しかしこの雰囲気と状況下においては、他の娯楽に見劣りしない魅力を持っている。  それがお祭りの出店が持つ、特殊能力なのだ。  結果、そんな通りを往復した僕らの両手には、いっぱいの戦利品が握られていた。  適当なベンチに腰掛け、戦利品を片付け始める。  出店でこんなに浪費したのは、人生で初めてだというほどの量に苦笑しながら僕はカステラを口に運ぶ。  そんな時、ふと隣を見ると麗華がぼんやりとスーパーボールを眺めていた。  さっき、苦労しながらもやっとこさ一つゲットした物だ。 「それにしても意外だったな」 「何がかしら」 「麗華さんにも苦手な事があるんんだって事」  成績優秀、運動神経も抜群の麗華もさすがに経験が少ないのか、何度やっても一個もすくえなかったのだ。 「苦手ではないわ。たまたま上手くいかなかっただけよ」 「ふっ、そうだね」  麗華の強がっている姿が、どうも可愛らしくてつい笑みがこぼれてしまう。 「分かったわ。佐藤君がそう言うなら、証拠を見せるわ」  麗華はそう言ってスーパーボールすくい屋の方へ歩いて行く。 「やっぱり楽しいな。麗華さんの新しい一面も見れたし」  見た目も能力も全てにおいて完璧で、隙が無い。  それゆえに近寄りがたくて、ついた異名は孤高の麗人。  そんな麗人の可愛らしい一面を知っているのは、僕だけなのだ。  自然と口元がほころんでくる。  戦利品たちをまとめ立ち上がると、目の前をふらふらと女生徒が歩いて行く。  油が入っているのだろうか、一斗缶を抱えている。  お世辞にも力持ちとは思えないような女生徒が、そんな重そうなものを運んでいるのだ。  少し心配になって見ていると、やはり想像通り女生徒は石にけつまずき転んでしまう。  放り投げられた一斗缶は、空中で油をまき散らしながら黒い物体にぶつかった。 「麗華さん!」  反射的に走り寄るが間に合わない。  麗華は突然頭に一斗缶がぶつかった衝撃で、倒れこむ。  すぐ隣にあったコロッケを売っている出店の方へ。  油にまみれた麗華はガス台へ突っ込み、その体は一瞬で炎に包まれる。  暴れる麗華が余計に油をまき散らすので、麗華を中心に炎の壁が出来上がる。  なので誰も助けられない。  教師が消火器をもってきて、何とか火が収まったころ。  そこには人型の焦げが倒れていた。
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