六日目

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六日目

 学祭という学校全体が楽しい雰囲気に包まれる日。  そんな雰囲気がそうさせたのか、麗華の新しい一面を見る事ができた。  露店が立ち並ぶ通りを往復してきた僕らは、ベンチに腰掛け戦利品を片付けていた。  浪費の限りを尽くしたせいか、食べきれるか心配になるくらいの食べ物がある。  それを片付けていると、麗華がボーっとスーパーボールを眺めているのが目に入った。  さっき苦労してゲットした唯一の戦果だ。 「麗華さんにも苦手な事があるんだって事」 「苦手ではないわ。たまたま上手くいかなかっただけよ」 「ふっ、そうだね」 「分かったわ。佐藤君がそう言うなら、証拠を見せるわ」  そう言うと麗華は立ち上がり、一人歩いて行こうとする。  しかし僕は、そんな麗華の手を反射的に掴む。  急に引き留めてきてどうかしたのか、そんな文句をも含む視線でこちらを見てくる。  僕だってなぜ麗華の手を掴んだのか分からない。  それらしい理由を探すため、辺りを見渡す。  すると、丁度いいタイミングで理由が歩いてきていた。 「あ、あれだよ、麗華さん。見るからにコケそうでしょ?」  僕の視線を追って麗華がそちらを見やると、納得したように振り返る。 「そうね。お礼を言うわ、佐藤君」 「どういたしまして」  あの一斗缶を持った女子が通ったのは、偶然だったのだが麗華が納得したのならばそれでいいだろう。  それから僕らは並んで戦利品を片付けた。  あの女子はやっぱり転んでしまって、油がえらい事になっていた。  オレンジ色の明かりが校舎を照らし始めた頃、チャイムが鳴り響く。  本日の部が終了する合図だ。  僕らは手早く荷物をまとめて、帰宅の途につく。  いつもの路地で、並んで歩く。  会話の内容は勿論、昼間の学祭の事だ。 「楽しかった?」 「悪くはなかったわ」 「そっか」  無表情で麗華はそう言ってのけるが、微笑でもってその言葉が嘘ではない事を証明して見せる。  やはり麗華は表情が乏しいだけで、普通の可愛らしい女の子なのだ。  おもむろに、麗華はポケットからスーパーボールを取り出す。 「そんなに気に入った?」 「初めて取ったんだもの。お祭りなんて行った事なかったから」  ただただ自分の経歴という事実を述べただけ。  そこからは何の感情も感じられなかった。  しかしそれでも僕は、黒だけじゃない。  麗華が本来持っているたくさんの色を見てみたい、そう思うのだ。 「これから沢山新しいを見つけに行こうよ。スーパーボールなんて飽きたわ。なんて言うくらいにさ」 「……そうね。佐藤君なら見せてくれる気がするわ」 「勿論だよ。まずは明日、午前中はシフトをこなさないと」 「そうね」  今日確認したが、僕のクラスの出し物はコスプレ喫茶だそうだ。  いかがわしい名前な気がするが、そんな事を思うのは男だけなのだろうか。  ピンクな想像に苦笑していると、目の前を小さな物体が跳ねすぎていく。  どうやらスーパーボールを落としてしまったらしい。  その特性をいかんなく発揮して、どんどんと跳ねて遠ざかっていく。  それを追いかける麗華。  流石の運動神経で見事にキャッチして見せるが、少し遅かった。  曲がり角から突然飛び出してきた小学生。  反射的にそれを回避したまでは、良かった。  最悪なのは避けた方向。  麗華の体は道路へ飛び出してしまった。  不運は繋がり、麗華は着地を失敗し足をくじいてしまう。  その場で尻もちをついた麗華。  運命のように近づいてくる猛スピードの自動車。  その瞬間は一瞬だった。  不愉快な衝撃音の後、道路には赤い花が咲いていた。
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