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二人の間に何があったのか訊くのははばかられた。初夜については何も触れるな、という無言の気迫が滲みでていたものだから。
落とせぬ女性はいないと言われるあの殿下に限って、一体何があったのか。
まさか返り討ちにされるなどあり得ないとルトは信じて疑っていなかった。
レグルスは顔を引き攣らせるルトの腕を掴んだ。
「何をしている。行くぞ」
「たまには違う方にお願いしてはいかがでしょう? 奥方の護衛殿は相当腕も立つと評判ですし……」
レグルスは腹の内に溜まる欝憤やら精根やらを発散させたいのだろう。剣を振るえば多少落ち着く。それは痛いほど分かる。しかし、何とかして逃れたいルトは必死に逃げ口を探した。
「奥方……」
レグルスの表情が途端に硬くなる。
やはり機嫌が悪いのは、あの方のせいなのだろうか。
そう言えば、新妻へ愛を囁く姿を見かけなくなった。というか、大公と並んでいるところを見ない。
それが理想のはずだった。大公にはお飾りでいてもらう、奥で安らかに過ごしてもらう、と。
現状、理想とは少々異なっている。大公が呼んだアレらのせいで複雑なことになっているのだ。
レグルスは、執務や戦後処理に追われて妻と顔を合わせる機会がない。しかしルトは彼女を竜胆の咲く城の庭園でよく見かける。青く咲き乱れたその花を大公はいつも大切そうに愛でて、そして何輪か切り取って去ってゆく。ルトはそのことをレグルスに伝えるべきか迷っていた。
何故ならば――恐らく無意識のうちに――レグルスは黒髪の女性を目で追ってばかりいるからだ。軽率に指摘して蹴り飛ばされてから、ルトはもう何も言うまいと決心したのだった。
頑なに否定するが、レグルスは間違いなく奥方の影を求めている。素直に認められない主の姿は痛ましい。
レグルスは舌打ちし、ぞんざいに腕を組んだ。
「魔女の護衛など相手に出来るか。間違いがあったらどうする」
手が滑って殺傷沙汰にでもなったら、というのは相手がルトであっても同じことだがそれは考慮しないのだろうか――引っ掛かりを感じたが、言えなかった。
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