2.8

1/1
前へ
/25ページ
次へ

2.8

3月の初旬、ついに卒業式の日がやってきた。 私はあの日以来、歌の練習に明け暮れていた。 『ジョージア・オンマイ・マインド』と、 『スリル・イズ・ゴーン』をひたすら練習し続けた。 あの神社ではなく、寮の部屋でひたすら歌っていた。 卒業式に私たち一回生は関係ない。 だが、あの日の別れ際に西村が 『またね』 と悲しそうに言った事が気になっていた。 会うのはこれが最後のチャンスかも知れない。 私は意を決して学校に行っ た。 2回生のユウジ先輩達も卒業だ。 賑やかな卒業式が終わったようで学食はごった返していた。私はいつも西村達が集っていた辺りを探した。 「ちよちゃん」 肩を叩かれた。アキラ先輩だ。 「アキラ先輩、あれ?卒業じゃないですよね?」 「違うよ。でも式の途中の演奏頼まれてね。ユウジ達も卒業だから」 「そんなこともあるんですね」 「ちよちゃんは?ユウジ達の追い出し会に参加?」 「えっと、まあ・・・はい・・。追い出し会は今日の夜ですけど」 「あ、じゃあ、ひょっとして、西村先輩探してた?」 「・・・まあ、はい」 「今日、西村先輩来てないよ。俺、実は西村先輩に、お願いされてた事があって・・・。ちよちゃんにもし卒業式の日に会えたら、これ、渡して欲しいって預かったんだけど」 「・・・、そうなんですか・・・先輩来られてないんですね・・・」 そんな会話をしながらアキラ先輩は鞄から封筒を出した。 「はい、これ。あと、なんかごめんって言っておいてって言ってたけど・・・なんかあったの?」 「いえ。なんでもないですよ」 そんな会話をしながら、私はきっと泣きそうな顔をしていたはずだ。 「とりあえずこれ渡しておくね。ちよちゃん、何かあったら相談乗るからね」 そう言いながらアキラ先輩は私に白い封筒を渡した。 その日の夜のユウジ先輩達、ニ回生の追い出し会が近くの居酒屋で開かれた。代々ジャズ科では卒業生をこうやって追い出す。恒例行事の飲み会だ。 「ちよちゃん、一年ありがとうね〜」 シズカ先輩だ。 「たった一年だったけど楽しかったよ。また、学校遊びに行くからね〜。またライブもするし。その時にはコーラスとかしてよ」 気さくな先輩だ。 「はい、シズカ先輩ライブ活動するんなら必ず言ってください。コーラスでもなんでもお手伝いしますよ」 「ほんと?ちよちゃん、音楽好きだもんね〜。必ず声かけるから。卒業してからも宜しくね」 そんな会話をしながら、この日の飲み会は過ぎて行った。 その帰り道、私は偶然ユウジ先輩と帰り道が同じになった。 「ちよちゃんきいた?西村先輩やっぱり留学するんだってさ。だから今日の卒業式来てなかったんだよね。俺、会えると思って楽しみにしてたんだけどさ」 「そうなんですか?留学・・・ヨーロッパですか?」 「ん〜。そこまではわかんないや。俺としてはジュリアードとか、バークリーとか行って欲しい けどな〜。まあ、あの人ならどこでもいけるっしょ。才能すごいもん」 「そうですね。才能光ってますもんね」 「俺、なんか寂しいわ〜」 そんな会話の中、3月の肌寒い夜道を歩いて帰った。
/25ページ

最初のコメントを投稿しよう!

13人が本棚に入れています
本棚に追加