13人が本棚に入れています
本棚に追加
2.8
3月の初旬、ついに卒業式の日がやってきた。
私はあの日以来、歌の練習に明け暮れていた。
『ジョージア・オンマイ・マインド』と、
『スリル・イズ・ゴーン』をひたすら練習し続けた。
あの神社ではなく、寮の部屋でひたすら歌っていた。
卒業式に私たち一回生は関係ない。
だが、あの日の別れ際に西村が
『またね』
と悲しそうに言った事が気になっていた。
会うのはこれが最後のチャンスかも知れない。
私は意を決して学校に行っ た。
2回生のユウジ先輩達も卒業だ。
賑やかな卒業式が終わったようで学食はごった返していた。私はいつも西村達が集っていた辺りを探した。
「ちよちゃん」
肩を叩かれた。アキラ先輩だ。
「アキラ先輩、あれ?卒業じゃないですよね?」
「違うよ。でも式の途中の演奏頼まれてね。ユウジ達も卒業だから」
「そんなこともあるんですね」
「ちよちゃんは?ユウジ達の追い出し会に参加?」
「えっと、まあ・・・はい・・。追い出し会は今日の夜ですけど」
「あ、じゃあ、ひょっとして、西村先輩探してた?」
「・・・まあ、はい」
「今日、西村先輩来てないよ。俺、実は西村先輩に、お願いされてた事があって・・・。ちよちゃんにもし卒業式の日に会えたら、これ、渡して欲しいって預かったんだけど」
「・・・、そうなんですか・・・先輩来られてないんですね・・・」
そんな会話をしながらアキラ先輩は鞄から封筒を出した。
「はい、これ。あと、なんかごめんって言っておいてって言ってたけど・・・なんかあったの?」
「いえ。なんでもないですよ」
そんな会話をしながら、私はきっと泣きそうな顔をしていたはずだ。
「とりあえずこれ渡しておくね。ちよちゃん、何かあったら相談乗るからね」
そう言いながらアキラ先輩は私に白い封筒を渡した。
その日の夜のユウジ先輩達、ニ回生の追い出し会が近くの居酒屋で開かれた。代々ジャズ科では卒業生をこうやって追い出す。恒例行事の飲み会だ。
「ちよちゃん、一年ありがとうね〜」
シズカ先輩だ。
「たった一年だったけど楽しかったよ。また、学校遊びに行くからね〜。またライブもするし。その時にはコーラスとかしてよ」
気さくな先輩だ。
「はい、シズカ先輩ライブ活動するんなら必ず言ってください。コーラスでもなんでもお手伝いしますよ」
「ほんと?ちよちゃん、音楽好きだもんね〜。必ず声かけるから。卒業してからも宜しくね」
そんな会話をしながら、この日の飲み会は過ぎて行った。
その帰り道、私は偶然ユウジ先輩と帰り道が同じになった。
「ちよちゃんきいた?西村先輩やっぱり留学するんだってさ。だから今日の卒業式来てなかったんだよね。俺、会えると思って楽しみにしてたんだけどさ」
「そうなんですか?留学・・・ヨーロッパですか?」
「ん〜。そこまではわかんないや。俺としてはジュリアードとか、バークリーとか行って欲しい けどな〜。まあ、あの人ならどこでもいけるっしょ。才能すごいもん」
「そうですね。才能光ってますもんね」
「俺、なんか寂しいわ〜」
そんな会話の中、3月の肌寒い夜道を歩いて帰った。
最初のコメントを投稿しよう!