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2.9
私は残りの三月をどのように過ごしたかあまり記憶がない。 3月の末には自分の引っ越しが迫っていたし、新しい学年になって、授業のカリキュラムを組み直したりせねばならなかった。
そして、4月の頭からアルバイトも始めた。
新しい学年、新しい生活、全てに追われていた。
新しいマンションの隣の部屋は、偶然にもアキラ先輩が住んでいた。
溜まり場になっているアキラ先輩の部屋は、卒業したにも関わらずユウジ先輩達がちょくちょく出入りしていた。隣の部屋ともなると、嫌でも顔を合わせる。
そんなこんなで思いのほか、一人暮らしは充実してあっという間に過ぎて行った。
4月の下旬には、学内にこんな噂も流れていた。 あのレイさんが遂に西村真一を口説き落として一緒にヨーロッパに留学したと。 真相は闇の中ではあったが、私はあの日マンションで聞いた女性の声がそれであると気がついていた。
白い封筒はまだ開けていない。
そろそろ開けるべきなのかも知れない。
そんなことが頭によぎっていた。
久しぶりに、あの神社に自転車で行ってみる。
もうここには西村はいない。
あのカフェオレを買ってくれた自販機で同じものを買ってみる。たった数ヶ月前の出来事なのに、なんだか遠い記憶な気がした。
封筒を開けた。
中には楽譜が入っていた。
あの、ピアノ練習室できいた曲の譜面だ。
タイトルは「Thousand waves ~千代の輝き~」
楽譜の裏には丁寧な字でこう書いてあった。
『ちよちゃん、君との時間は本当に楽しかった。
最後に会ったあの日、俺は金の誘惑に負けた。
でもこの曲は君のもの。心から捧げます。
君は僕の癒しだったから・・・
君はいつまでも純粋に音楽を楽しんで。
きっと素晴らしい歌手になるから』
涙が溢れていた。
真相が分かった気がした。
そして気が付いた。
私は西村真一に淡い恋をしていたのだ。
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