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エレベータを降りるとそこは見知らぬ場所だった。
目の前のそんな状況に関谷ひかるは思わず階数を確認する。
先ほどカクン、といつもは感じない揺れを感じたことは事実。
でも赤いランプが示しているのは確かに一階の表示。
「合ってますよ。ここは一階です」
そんなひかるに声をかけてきたのは、エレベータ前に立つ二人の男のうちの一人。
柔和な笑顔を見せる少年。
「ただし、Y市庁舎の一階ってわけではないが」
少年の保護者然とした大きな体躯の男が続ける。
「ここはY大学の一階だ。ちなみに松木研究室のプライベートルーム」
「早瀬。いきなり言ってもわかんないだろ。ごめんね、関谷さん。とりあえずボックスから出てあっちでお茶でもしながら話しましょう」
少年に言われた大男は、ムスっとしたままひかるを顎で案内した。
「え?」
「いいから、あっち行きなって。今から輝が説明すっから。そのままソコでぼーっとしてても元の世界には戻れないから」
「え?」
もう、何が何だかわからない、という表情で茫然としているひかるの腕を、大男はがしっと掴んで少年の指し示したソファへと座らせた。
そこは“大学の研究室”という割にはただの事務室にしか見えない。
大学を出ていないひかるにとっての想像上の“大学の研究室”にはもっと化学的な物品が並んでいてもいいはずで。
「ここは僕の部屋だから、研究に関しての道具は全部向こうの部屋にあるんだよ。まあ、ボックスは個人的な研究材料だからこっちに置いてるけどね」
ひかるの表情を読んだのか、少年が微笑みかけながら言った。
言われてみれば部屋には二つドアがある。
「さて、と。一応先に自己紹介。僕は松木輝。ここの責任者で、時間について研究してるんだ」
「時間?」
訊き返したひかるの言葉に、少年――輝は、うんと軽く頷いただけでそのまま隣に座る大男の紹介をする。
「こっちは僕の恋人、早瀬。まあ、一応僕の手伝いをしてくれてるから、助手と言えなくもないかな」
「助手って言うよりパシリだよな。輝、俺のこと手足だと思ってるだろ?」
拗ねたような目で大男、早瀬が少年を見た。
そういえば、少年?
「ああ。去年ね、博士号もらっちゃったんだけど、僕はまだ十五歳なんだよね。関谷さんの世界だとまだ認められてないかもしれないけど、ここだと普通に飛び級制度があるから」
またしてもひかるの表情から総てを読み取る。
さすがは博士、てヤツなのかな。
ひかるは自分の立場を把握するより先に、そんなことに感心していた。
「ま、お茶でも飲んだら? これから関谷さんにはなかなか理解しがたいことを、軽くだけど説明するからさ。リラックスして聞いてもらった方が安心できるでしょ?」
輝が高級そうなカップに入った紅茶を勧めてくれるが、こんな状況下ではいそうですか、と口を付けられるわけがない。
ひかるは愛想笑いだけを返して、カップには手を付けないでいた。
「別に何も盛っちゃいねーよ。まあ、ムリに飲めとは言わんが」
「こらこら。だめだよ早瀬、脅しちゃ」
「脅してねーって」
「脅してるの。早瀬のその目つきで見られたら誰でも怯えちゃうってば」
「誰でも、じゃねーだろ。輝は惚れてるくせに」
「その目つきに惚れてるわけじゃ、ありませんよ」
二人がイチャつき始めるのをひかるはただぼんやりと眺めていた。
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