炎使いのユーリアン

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炎使いのユーリアン

 8月の空の下、ステファンはオーリとエレインの後にくっついて歩きながら、初めて見る大きな街に目を丸くしていた。 『カヴァンシーヒル』  街の名を示す標識を一文字ずつ指差して読み、改めて通りを見回した。戦時中に爆撃を受けた跡がまだあちこちに残っている。一方で、新旧さまざまな建物がモザイクのようにに入り組んで同居している。石畳の道を路面電車が通り、車が列をなして走り抜けていく。  ステファンの家があったティルホップとも、オーリが住むリル・アレイともまるで違う。別世界に来たようだ。 「そんなにキョロキョロしてると、自分で田舎者ですと言ってるようなもんだよ」  オーリが冷やかすように声を掛けた。いつもの黒いローブではなく、涼やかな細身のリネンスーツを着て中折れ帽子を被る姿は、魔法使いというより洒落っけのある外国人紳士という風情だ。 「だってぼく、こんなに車が多いとこ見たことなくて……あ、あれって信号機だよね?」  今にも駆け出しそうなステファンの肩を竜人エレインがつかまえた。 「だめよ、あんな変なのに近づいちゃ。大きな目玉ぎょろつかせて、なに考えてるんだか」 「別に取って喰われやしないよ。君たちこそ、信号機を壊したりしないでくれよ」  オーリはやれやれ、と疲れた顔をした。ステファンはまだ大人しくしているほうだが、エレインはさっきからしょっちゅう立ち止まっては、あれは何、これは何、といちいち説明を求めてくる。  とうとうオーリは苦情を言いだした。 「もしもし守護者どの、君は自分の役目を忘れてるんじゃないのか? これじゃいつまでたってもユーリアンの家に着けやしない」 「なによ、だったらいつものように『飛んで』くれば良かったんだわ。そしたらこんな変な服着て変な被り物して汽車なんてバケモノに飲まれなくて済んだのに!」  広い帽子の(ブリム)を引き上げて、緑色の目がオーリを睨んだ。薄い水色の長袖ブラウスに赤毛が映える。細く絞ったベルトの下は、いつもの短いズボンではなく、裾の広いスカートを履いている。マーシャの見立てなのか、昔風のたっぷりした丈で、彼女のしなやかな脚を隠していた。 「さすがに3人で『飛ぶ』のは無理だよ。それにこんな機会でもないと、エレインのお洒落した姿なんて見られないしね」  オーリは眩しそうな目でエレインの手を取った。その手さえもレースの手袋で覆われている。竜人特有の青い紋様を隠すためとはいえ、さすがに窮屈だろうな、とステファンは同情した。  それにしてもエレインがここまで人間の社会に疎いとは知らなかった。確かに汽車だの信号機だのは、竜人にとっては得体の知れない生き物のように見えるのかも知れない。 「ねえ先生『飛ぶ』ってどうするの? アトラス竜だと街の人がびっくりするし、もしかして、ほうきに乗ったりする?」  期待を込めてステファンが訊いた。 「まさか。都市部への(ほうき)乗り入れは半世紀も前に禁止されてるよ。わたしの師匠は(ほうき)飛行世代だったから、乗り方くらいは教えてくれたけどね」 「じゃ、先生はどうやって?」 「例えて言うなら瞬間移動、みたいなもんかな。でも飛ぶのは1度にふたりが限度だ。結構疲れるんだよ」 「教わらないほうがいいわ、ステフ。オーリなんかしょっちゅう着地に失敗するし、慣れないと酔って吐くわよ」  エレインの皮肉な笑いに咳払いして、オーリは道の向こうを指差した。 「ほら、あんまり遅いからユーリアンが迎えに出ている」  同じような造りの二棟続き家が並ぶ一角で、見覚えのある褐色の青年が手を振っている。青年の腕には小さな女の子、隣には大きなお腹の女性が立っている。  どこにでも居る、普通の幸せそうな家族という感じだ。この前会った時のような、強烈な火山のイメージは無い。  ローブを着ない時の魔法使いって本当に一般人と見分けがつかないな、とステファンは思った。  二棟続きの赤茶けたレンガの家は、左側がユーリアンの家になっており、隣は別の家族が住んでいるようだ。玄関の黒いランプ飾りが魔女の形をしているのが可愛らしい。きっと夜には、この魔女が灯りを抱いて出迎えてくれるのだろう。 「あなたがステファンね? ユーリアンが誉めてたわよ」  お腹の大きな女性に微笑みかけられて、うわ本物の魔女だ、とステファンは緊張した。黒い服など着ていなくてもわかる。切れ長の目と肩までの艶やかな黒髪は美しいが、どこか油断のならない恐さがある。 「順調そうでなによりだ、トーニャ。次も女の子なら、ユーリアンの立場はますます弱くなるな」 「その通り!」  快活に笑いながらユーリアンは3人を招き入れた。 「トーニャはオーリのいとこなのよ。この前の手紙でしゃべってた魔女の娘」  エレインに耳打ちされて、ああそうか、とステファンは思い出した。オーリあてに届いた魔女の手紙。『虚像伝言』で見た、威圧感たっぷりの魔女はオーリですら恐れていた。あの魔女の娘――どうりで恐いはずだ。
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