鮮血のGIFT

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 子どもが、手に血をつけて帰ってきた。普通の家庭なら、おお騒ぎになるはずだが、この家はそうではなかった。母は妙におちついている。 「またやったの?」 「うん」   子供はニコリとわらった。母はため息をついた。おびただしい血に汚れた手をみても傷はない。子どもの血ではないようだ。では、いったい何の血なのか。 「なんでこんなに血がついているの」  母がたずねると、こどもはポケットから血のついたカッターナイフをとりしだした。キャッと母が叫んだ。 「あなた、どこでそんなものを見つけたの」  子どもはニコニコしながら、庭を指さした。庭には旦那が日曜大工でつかう道具が保管されている。どうやら、子どもはそこから無断でナイフを持ち出したらしい。母は、膝をついてしまった。 「あなたはどうしてそんなことばかり……」  この子どもは、生まれてからなぜか、猟奇的な病にかかっているみたいだった。べつに、両親の育て方が悪いわけではない。適切な食事も着るものも与えているし、虐待などというものは一切与えていない。なのに、4歳をこえたあたりから、急に奇行がはじまったのだ。草むらから虫を捕まえてきては、手や足、頭を引きちぎって喜んだり、野良猫に向かって大きな石を投げて下敷きにしようとしたりして、近所からは気味悪がられていた。両親は、いろいろと育て方を工夫したが、こどもの症状はいっこうに改善しない。さらに、小学校にすすむと、体の力が強くなってきたり、知恵がつくようになって、奇行の度合いはひどくなるばかりだった。小学3年生のころ、学校のうさぎ小屋に無断ではいって、綺麗にけずったHB鉛筆の先でうさぎの目を突き出した。とうぜん学校は大騒ぎになる。両親は呼び出され、いろいろと責められた。新しいうさぎの購入費用は親が全額弁償し、しかし、あまりことを荒立てないようにと学校側が気遣いをしてくれて、さいわいにも、子どもの奇行を生徒たちのあいだに広く知られる事態にはならなかった。そんなことが、年に一度ぐらいの頻度で起きるのだった。両親は、間違った子育てをしているわけではなかった。だが、同学校の生徒の親たちや、近隣住民からは冷たい視線を浴びせられ続けた。そうして、こどもが六学年になった年に、冒頭の出来事が起こった。  母はいつものように、旦那に電話をかけた。 「あ、あなた。仕事中にごめんなさい」  「いいよ。どうしたの」   電話の旦那の声は暗かった。家で何が起きたかを、なんとなく予感している感じだった。 「彼、またやったの。手が血まみれ……」  しばらく、旦那の声は返ってこなかった。ため息の音がもれてきたあと、ようやく彼は返事をした。 「わかった。今すぐかえった方がいい感じかな?」 「いいえ、大丈夫よ。たぶん、またどっかの野良猫だとおもう。今から本人に聞いて、場所を確認して後始末はしておくから」 「わかった。いつもすまない」 「いいのよ。じゃあ、切るね」  暗い会話がおわると、母はもう一度、こどもに目をやった。彼は、なに食わぬ顔でキョトンとしている。  こういうことがあると、母は必ず猫の亡骸がある場所に案内させて、警察にとどけ、葬儀屋に連絡をいれている。死骸の確認に向かっている最中は、どうか飼い猫ではありませんようにと、祈るはめになるのだ。もし、飼い猫ならば、どんな騒ぎになるかは、読者でもたやすく推測できると思う。無論だが、野良猫ならば死んでもいいのかという話をしているのではない。  母は、こうことが起きるたびに、やるせない気分になるのだ。どんなに頑張って子供に向き合っても、なんの効果も得られない。子どもとの無理心中を考えたことは、一度や二度ではない。  母は、子どもに、 「どこでやったの?」  と聞こうとしたのだが、ある異変に気がついて、背筋がすーっと冷たくなった。過去の奇行にくらべて、やけに血の量が多くないか? そんなことを感じたのだ。小さな動物一匹では、ありえないほどの量の血を浴びているのが、血まみれの彼を見てわかったのだ。 「ねぇ、あなたいったいそのナイフでなにをしたの」  聞くのも恐ろしかった。  そのとき、つけっぱなしになっていたテレビからキャスターの緊張した声が聞こえてきた。 「ただいま入ってきたニュースです。○○県○○町の道端に、血を流して倒れている女性が発見されました。全身を刃物でメッタ刺しにされているらしく、現場にはおびただしい血のあとがあったそうです。おそらく犯人は、そうとうの返り血を浴びていることが推察されます」  母はテレビに釘付けになった。画面にうつった現場の映像を見た瞬間、彼女の唇は、ワナワナ、ワナワナと震えだした。さっきのキャスターがいった○○県○○町は、ここの地名である。そして、画面の中の景色は、いつものスーパーに買い物にいくときに通る道なのだ。なんどもなんども通って、目に焼き付いた光景なのだ。  母は、おそろしいものをみるような目で子どもをみつめた。目に涙をためながら、やっとの思いでたずねた。 「ねぇ、あなた、なにをしたの?」  子供はなにもこたえず、ニヤニヤわらって、お風呂場にいった。体を洗おうとしているらしい。母は、あまりのおそろしさに、詰問することができなかった。だが、なにもしないわけにもいかない。  彼女は、涙を流し、唇を噛み、悲しそうに、悔しそうに電話をとってどこかにかけた。 「もしもし、どうかしましたか?」  男性が出ると、母は、魂の抜け殻みたいな顔でこういった。 「警察ですか? ……もしかしたら、うちに、犯人がいるかもしれません」
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