桜の花と君

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桜の花が舞い落ちる景色を僕は自室の窓から見ていた。 三年前、君とこの部屋を借りた時にはこんな事になるなんて全く思っても見なかった。 そう。僕の儚い恋心は桜と共に舞い散った。 君は桜のような人で、いつも桃色のシュシュで髪を一つに束ねるお洒落な人だった。 僕らは二人で一つだった。いや、彼女は違ったのかもしれない。 ともかく、僕はそう思っていた。 ただ、昨日。 抱きしめようとした彼女は掴んだ桜のようにすり抜けて行った。 一言僕に言い残して。 「別れない?」 「え…?」 「だってあなたと居ても何も起こらないの。」 平穏が一番だと思っている僕に対してそれは衝撃的だった。 そんな出来事が鮮明に脳裏に浮かんで来るや否や 得も言えぬ気持ちが胸に迫り、僕は外に出た。 外に出てみたは良いもののどこかに行くあても無い。 少しぶらつくことに決めた途端、信号に邪魔される始末だ。 横断歩道の向こうに大きな桜の木が立っていた。 僕は顔をしかめ、回り道して歩き始める。 公園でも住宅街でもピンク色の花びらが舞っている。 溜息をつきたくなり、耐えようと上を向く。 思っていたよりも綺麗な空が広がり、横に話し掛けようとしてハッとした。 『もう君は居ない』 入学式の着飾られた看板が見るに耐えず、 昨日まで華やかに見えた道端の草花がいくらか萎れたように感じた。 とぼとぼと家に帰ると玄関に一枚の桜の花びらが落ちていた。 踏みつけようかとも思ったが、思い直してつまみ上げ、 そのまま玄関に入って行った。 台所から何らかの香りが漂っていることに気がつき、 目線を桜から上げた。 「おかえり。」 「な、んで。どうして。」 あんぐりと口を開け、途切れ途切れの言葉を発する僕に彼女は優しく微笑みを浮かべると言った。 「エイプリルフールだよ。驚かせようと思ったんだけど…ほんと、いつもごめんね。」 僕はふるふるとかぶりを振った。 ずっと気恥ずかしくて言えなかった言葉は 今も思ってたよりずっと小さくなって出てきちゃったけど。 「いつも…ありがとう。」 僕は花びらを握りしめ、膝から崩れ落ちた。 彼女は床に座り、僕の髪を優しく撫でると言った。 「こちらこそ。」 開いたままの窓から温かい風と桜の花びらが二人を撫でるように通り過ぎていった。 僕の儚い恋心は桜と共に舞い散った。 しかし新たに愛という名の思いが花開いたのは言うまでもない。 *END*
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