小鳥遊菁の事情

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**** ――自分の力だけでは変えられないのが、人生というものだ。 努力なり計算なりが、人の人生を変えるわけではない。 無論、いわゆる「勝利」のために、それらが必要なことはあるだろう。 だがそんなこと、微塵も行わずとも生まれながらに「勝利」する者もいる。 そんな思いが、菁の表情をいつのころからか「無」に彩っていた。 菁は感情を見せない人間に育った。 そしてそれは、今の菁の「渡世」には、むしろ悪くはない性質だった。 須藤の私邸へと送られ、数日のうち。 菁は、外回りから家の中へと配置場所を変更される。 「お前が一番、良さそうだということになってね」 そう言って、須藤の「秘書」が、菁をある部屋へと連れて行った。   「お前は他の連中と違って、躾の悪いバカ犬じゃなさそうだ。間違っても、軽々しく屋敷の皆さんの『プライバシー』に踏み込むようなマネはしないと見込んでのこと。肝に銘じておくように」 具体的には、須藤の娘の警備を任されるということだった。 へえ、なるほど。 「行儀の良さ」をお誉めに預かったわけか? 大層、光栄なこった……と、内心で皮肉を吐きながらも、菁は、ごく無表情に秘書の後ろに付き従う。 「お嬢さんに、キチンと御挨拶しろ」と、菁に肩越しに言い、須藤の秘書は襖の前で、 「紗和さま、失礼します」と声を掛けた。 そこはアールヌーボーの調度品をそろえた和室だった。 部屋の主は、ベッドの上、ヘッドボードに背を預けるようにして座っていた。 ちょっと見とれるような美少女だった。 歳の頃は、幾つくらいか。 おそらく、まだ二十歳にはなっていないだろう。 髪色も瞳も、色素の薄い、淡い色をして。 華奢な身体は、薄藍の波模様を描いた絹の浴衣に包まれていた。 細い腰に、帯の代わりに巻かれているのは、トロリとやわらかそうな藤色のしごき。 そして、下着をつけていないのか。 時折、両胸の尖りが透けて見えることに、菁は、ふと気づいてしまう―― 秘書が、菁の名前と役割を淡々と説明する。 すると彼女は、「紗和です、ごくろうさま」と言って、ふわりと菁の目を見た。 なんと応じたものか迷いはしたが、とりあえず菁は、 「小鳥遊です」とだけ発した。 秘書としてはそれで十分と思ったのか、早々に菁を連れ、紗和の部屋から退出した。
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