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――自分の力だけでは変えられないのが、人生というものだ。
努力なり計算なりが、人の人生を変えるわけではない。
無論、いわゆる「勝利」のために、それらが必要なことはあるだろう。
だがそんなこと、微塵も行わずとも生まれながらに「勝利」する者もいる。
そんな思いが、菁の表情をいつのころからか「無」に彩っていた。
菁は感情を見せない人間に育った。
そしてそれは、今の菁の「渡世」には、むしろ悪くはない性質だった。
須藤の私邸へと送られ、数日のうち。
菁は、外回りから家の中へと配置場所を変更される。
「お前が一番、良さそうだということになってね」
そう言って、須藤の「秘書」が、菁をある部屋へと連れて行った。
「お前は他の連中と違って、躾の悪いバカ犬じゃなさそうだ。間違っても、軽々しく屋敷の皆さんの『プライバシー』に踏み込むようなマネはしないと見込んでのこと。肝に銘じておくように」
具体的には、須藤の娘の警備を任されるということだった。
へえ、なるほど。
「行儀の良さ」をお誉めに預かったわけか?
大層、光栄なこった……と、内心で皮肉を吐きながらも、菁は、ごく無表情に秘書の後ろに付き従う。
「お嬢さんに、キチンと御挨拶しろ」と、菁に肩越しに言い、須藤の秘書は襖の前で、
「紗和さま、失礼します」と声を掛けた。
そこはアールヌーボーの調度品をそろえた和室だった。
部屋の主は、ベッドの上、ヘッドボードに背を預けるようにして座っていた。
ちょっと見とれるような美少女だった。
歳の頃は、幾つくらいか。
おそらく、まだ二十歳にはなっていないだろう。
髪色も瞳も、色素の薄い、淡い色をして。
華奢な身体は、薄藍の波模様を描いた絹の浴衣に包まれていた。
細い腰に、帯の代わりに巻かれているのは、トロリとやわらかそうな藤色のしごき。
そして、下着をつけていないのか。
時折、両胸の尖りが透けて見えることに、菁は、ふと気づいてしまう――
秘書が、菁の名前と役割を淡々と説明する。
すると彼女は、「紗和です、ごくろうさま」と言って、ふわりと菁の目を見た。
なんと応じたものか迷いはしたが、とりあえず菁は、
「小鳥遊です」とだけ発した。
秘書としてはそれで十分と思ったのか、早々に菁を連れ、紗和の部屋から退出した。
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