小鳥遊菁の事情

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**** 「屋敷のお嬢さん」の警備を仰せつかった菁だったが、仕事といえば、相当に単調なものだった。 紗和はどうやら体調がすぐれないらしく、出掛けることもなければ、部屋から出ることすら、ほとんどなかったからだ。 だから菁は、「お嬢さん」の部屋の前に、ただ控えているだけという、まさに「番犬」としか言いようのない日々を過ごすことになる。 紗和については、須藤の「秘書」からは、「病気だ」とだけ伝えられていた。 「容体は、非常にクリティカルだ」とも。 鬱だとか引きこもりだとか、そういう意味ではなさそうだった。 「それは、命に係わるということですか」と、菁は問い返してみたが、秘書の返事はなかった。 紗和の部屋は、広い屋敷の奥まった場所にある。 そこは内庭に面していて、ひどく静かだった。 襖を隔てた隣室に控えていると、紗和の寝返りを打つ気配や、衣擦れのかすかな音すらも感じ取れるほどだった。 そしていつからか。 菁は、ある気配に気づくようになった―― 紗和が「 慰」をしているのだろうと、そう感じ取れる様子に。 最初に気づいた時には、座を外すべきだろうかと、菁も相当、戸惑った。 だが、「番犬」が持ち場を離れてはなんの意味もない。 隣室の気配からはことさらに意識をそらして、数回程度は、菁もそれをやり過ごせた。 だが、じきに、そうもいかなくなってくる。 「それ」はほぼ毎日行われていて。 多い時には、日に数回あった。 「始まり」には、なんの物音があるわけでもない―― ただ、襖を隔てた隣室の空気が、ふと張り詰める。 紗和は必死に息をつめているのだろう。 普段なら、よく耳に入る衣擦れの音や寝返りの音すらも、シンと止まった。 そのうち、断片的に、短く震える吐息が洩れ出し始める。 絶頂に向かって、ひどく性急に駆け上がっていく空気。 ああ、「来る」な……と。 菁にはハッキリと分かる。 直後、かすかに甘い、子猫の鳴き声めいた悲鳴が、短くひとつ洩れ―― エクスタシーが、あのはかない身体を訪ったことを告げるのだった。
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