小鳥遊菁の事情

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――子は親を選べない。 結局のところ、人生はそれに尽きる。 いつの頃からだろう。 小鳥遊(たかなし)(せい)が、そんな諦念を持つようになったのは。 ただ、それを感じとったのは、人生のかなり早い時期であったことだけは確かだ。 とはいっても、菁もそこまで「ひどすぎる」産まれ育ちではない。 父親は、いまや絶滅危惧種の単純労働者(ブルーカラー)だったが、やや酒が過ぎるところはあっても、一応、まともに働いていた。 母親も、比較的まっとうだった。 せいぜい、場末のスナックのパートに入る程度。 そこで、週に数夜、安ウィスキーで、ほぼ氷水同然の水割りを作るぐらい。 「身を持ち崩す」といったこととは、無縁の女だ。 菁自身も、そう頭は悪くない。だが。 駅から続くのは風俗街、すきまには公営団地。 要するに、生まれ育った場所は「最底辺学区」。 周りにいるのがどんな連中かは、推して知るべしといった土地だった。 こんな街の学校では「成績が悪くない」ということも、ある意味危険なことだ。 だが、父親に似て早くから体格に恵まれていた菁は、そう簡単に、「生贄として目をつけられる」ことからは免れていた。 とはいえ油断は禁物だったから、せいぜい「ナメられないように」と、菁も、それなりには暴れてみせざるをえない。 無論、このご時世、菁の父親の稼ぎ程度では大学に通うことはできなかった。 高卒の働き口など、今やほぼ皆無。 「奨学金」という名の、「親方日の丸な高利貸」から金を借りる気もさらさらなかった菁は、高校卒業と同時に、なんとかひとつ、働き口を見つけた。 けれども就職先にいるのは、自分よりも使えない大卒ばかり。 それなりに「いい仕事」をしたところで、給料にも評価にもならず、菁のバカバカしさは募る。 逆に、「器用に何でもこなせるから」と、トラブルや面倒事の片づけに、都合よくこき使われるようになった。 無論、それを辛抱し続けられるほど、菁も老成しているわけではない。 やっと見つけた「カタギ」の仕事だった。 もはやまっとうな仕事は、そう見つからない。 そこからはぐれれば、行く場所は知れている。 菁が身を寄せたのは、巨大組織の三次団体。 とはいえ、まだ、そこそこのシノギはある組だった。 昔とった杵柄、菁とて、それなりに「荒事」もやれないわけではない。 最初の内は、いわゆる「武闘派」部隊で鳴らしもしたが、やはり時流というものがある。 いまどき、どこの組でも、それほど「兵隊」を必要とはしていない。 しかし菁にも、まだ道が残されていたようで、たまたま、カタギ時代の経験から組事務所のいわゆる「IT」関係の面倒を見たことで、幾ばくかの資金を任されるようになる。 株や為替を転がし、そこそこ大穴を当てたことをきっかけに、中堅組員へと引き上げられた。 と―― そんな暮らしをしていた矢先だった。 ある「フィクサー」の私邸へと、菁が呼び出されたのは。
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