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最後は腹の中
過去に縛られず、立ち直ろうと思ったことがある。
「譲さん!」
「……なんだよ」
「好きです!!俺と付き合ってください」
行きかう生徒たちがいる中、頭と腰を下げ真っすぐ譲の方へと手を差し伸べてくる。
「……無理」
それがいつもの俺の返答。
何度断ろうとも、俺を見つけては喜んで駆け寄ってきて
何度も告白なんかしてくる馬鹿な一年生。
「~♪」
ベッドフォンをして、音楽を楽しんでいる後輩。
最初は周りと同様。俺に興味を抱いただけの野次馬みたいなものだと思っていたのだが、
この変わり者、桜井正義だけは諦めなかった。
それに何を話すでもなく図書室では、じーっと本を読む俺を眺めていただけ。
「……」
それも最初は気が散って邪魔でしかない。
あと、音漏れをどうにかしろ
「お前、…楽しいか?」
「はい。とっても」
てっきり音楽に集中していると思いきや最低限、周りの声を拾えるくらいには調節しているらしい。
見ているだけが楽しい?はぁ?絶対嘘だろ。
仕方なく、積んでいた本の一冊を取り出し桜井に渡す。
「『4月・花のワルツ』?」
「去年、映画化された原作。面白いから読めよ」
友達なんぞいないから一人で映画を観に行ったが、中々感動した。
桜井がいつも暇そうだ。…という気持ちもあったが何より、少しでも本を語れるヤツが欲しかった欲求があった…のかもしれない。
「俺、本と勉強苦手がなんですが…。もしこれ読み切ったら、デートしてくれます?」
「読んで面白くなかったら、二度と俺に話しかけるな」
「え、えぇ!?読みます、台詞を覚えるまで読みます!」
そこまでしろとは言っちゃいない…。
それから、桜井は『感動しました!またお勧めを教えてください』とせがむようになっていた。
そのあまりのスピードに、ちゃんと読んだのか?と怪しめば作者のあとがきにまで熱心に語ってきた。
それでも俺は素直になれなくて―――。
ただ楽し気に内容を語る桜井の声色に耳を傾け、それを無言で聞く。
「…譲さん、退屈ですか?」
「いいや。で、続きはどうだった?」
「それがですね、まさかの展開で…!」
俺は物語を聞くように、目を細める。
熟知している本のはずなのに桜井の語り方が上手いおかげか、不思議と平穏で、心が落ち着いた。
それはまるで音楽を楽しむ気持ちのようで…
いつしか過ごす放課後はかけがえのない時間となっていた。
だから…
「譲さん…、αとだったら、寝てくれるって本当ですか?」
卒業式の日。
真っすぐな瞳で訪ねてくるお前を、拒絶してやれなかった。
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