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(……で、ボロッくそに俺を振ったんですよね)
苦い思い出でも懐かしさから、ふっと笑みが溢れた。
後日、その人が依岡譲と聞いて再びクラスメイト達に激震が走る。
それも、まぁ無理はないとは思う
入学時早々、一年生の間で『Ωを陥れて乱交パーティーをしようとした三年のβがいる』と噂話があった。その先輩は放課後、図書室に入り浸っているらしいから見に行こうぜ!と友達らに誘われ、乗り気じゃないと言ったのに桜井は引きずられるように図書室へ連れていかれたことがある。
「なんだ。フツーじゃん」
「つか、なに?あの無駄に厚い眼鏡と、もっさり頭のダサい先輩は…」
「いまどき上のボタンまできっちり閉めてるとか、見てるこっちが息苦しくね?」
噂の先輩こと依岡譲をみて、友人らが真っ先に持った第一印象だった。
期待していた風貌と違い過ぎた外見に「面白くない」と全員の興味が失せる中、俺だけは違う感情を抱いていた。
「いっくらなんでもアレはねぇよな…。正義はどう思う?」
「俺?俺は、まぁ…」
―――綺麗なひとだと思った。
確かに皆が言うような派手でもモテるような格好をしちゃいないが、先輩の横顔と姿勢の良さから目が離せない。
「人は、見た目によらないんじゃないか」
その返答に「さっすがα様は意見が違うぜ」と誰かが言ったが、どうでもよかった。
その日から、桜井はこっそり譲が目当てで図書室を覗くようになっていた。
手に持っている本を、何をそんなに真剣に読んでいるのか
話しかけたい、声を聞いてみたい。もっと貴方のことが知りたい、教えて欲しい。
(………先輩に、なんて話しかける?無難に本の話…?いやいや。俺、本とか見てると眠くなるしなぁ)
本好きの人に本嫌いが話しかけても苦しいだけだ。
先輩に持ちかけれる話題がない以上、遠巻きに観察するしかなかった。いつか話しかけるチャンスが巡ってくるかもしれないと願って…
それが、まさかこんな形で叶うとは
「正義。お前、とんでもない人に惚れたなぁ」
「けど、あんだけ美人なら男のβでもいいやってなるよな」
(……うるさい。俺が誰を好きになっても関係ないだろ)
例の一件により、譲の周りには有象無象が絶えない。
中には毎度βに告白しては撃沈する桜井正義という変わり者のαを見物したい生徒もいるみたいだが、正直どうでもいい。邪魔でしかない。
クッソ…!
こんなことなら、機会を伺い待つより速攻アピールしとけばよかった
「けど、なんで毎日毎日告白してんだ?」
「牽制」
「「は??」」
譲が、誰にも引けを取らないくらいの美形だった。あげくΩを庇い守ったもんだから、色んな憶測や根も葉もないデマも流れた。
だから幼稚と言われようが構わない。譲のことが騒ぎになった以上、手段を選んではいられなかった。
αが目を付けているというのには、多少なりと効果はあったように思う
「今さら、出しゃばってくんなよ…」
告白の最中、譲のことを見ている生徒と目が合えば睨んで圧をかけた。
【この人は俺が狙ってんだから、お前の出る幕はないんだよ】
心の中であっても、悪態を吐かずにはいられなかった。
「ん?正義、なんか言った?」
「なーんも。明日も頑張ろって思った」
呟いた悪態は友人の耳に入ることなく、自然に流された。
「けど今や、毎回告白に失敗して凹んでる正義が見世物になってるけどな」
「何回告白してもいいだろ?譲先輩に一日一回会うだけが今の楽しみなんだから…」
一方的でも、このままコミュニケーションを続けていれば、譲もいつか違う反応を返すようになるはずだ。
それを狙っていた。
「ははは。やべぇ、ストーカーかよ」
「あ、そうだ。お前にとって朗報かどうかは分かんねぇけど、依岡さんさ…αだったら一回寝てくれるらしいぜ?」
「は?」
あの人の噂なんて、何を聞いても気にしない。
そう決めたはずなのに、それだけはいつまでも尾を引いてしまった。
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