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「…、ん」
「!」
ぼーっと譲の顔を眺めながら、つい思い出し笑いを浮かべていると、もぞっと譲が動いた。
長い睫毛に覆われた瞳をゆっくりと開くと目の前の光景に少し驚いたのか、パチパチと瞬きを繰り返している。
(しまった。寝すぎた)なんて、思っているのでしょうと察しが付く。
「おはようございます。まだ早いので、もう少し寝てても大丈夫ですよ」
「……お前、なにしてんの?」
てっきり「お前が隣にいるのにぐっすり眠れるか」なんて冷たい返事がくると覚悟していたのに、怒ることも怪しむこともなく、純粋な問いかけをされたことに一瞬目を見開いた。
「隣に貴方がいる幸せを噛みしめてました」
世間話でも何でもない会話を譲からしてくれるのは珍しい。例え引かれようとも誠心誠意、真面目に微笑みながら答えた。
「ふっ。なんだよそれ、キモいな…、時間になったら起こして…」
よほど眠いのか最後まで呟くことなく、すやぁと再び眠りにつく譲だが、桜井はそれどころじゃなかった。
(いっ、いま譲さん、笑って…!?)
あまりの無防備さと愛おしさに、変な叫び声を上げそうになる口を手で覆った。
譲は冗談だと受け取り小さく笑ったのだろうけど、満更でもなさそうに見えてしまうのが恋愛の厄介なところだ。
勘違いしてはいけないと分かっていても、ドクドクと顔が燃えるように速く熱い心臓の鼓動がダイレクトに脳内に響く。
叶うなら、もう一度見せて欲しい。
もし譲が二度寝せず目覚めていたなら、朝っぱら押し倒していた自覚がある。
「譲さんはいつになれば、俺の気持ちと向き合ってくれるんですかね」
さすがに俺の忍耐力に感謝してもらいたい…と失笑してしまう。
『正義も懲りないよなぁ。いくら美人でも、そこまでベータに固執しなくてもよくね?』
学生の頃、何度告白しても取り合ってもらえない俺の姿はさぞかし周りには滑稽に映ったのだろう。散々バカにされ笑い者にもされた。もちろん譲さんも真面目に取り合ってはくれなかった。
でも、それでいい。長丁場は覚悟の上だ。
周りの声は聞き流す。1日一回の告白という唯一のコミニュケーションをやめるはずもなく、毎日欠かさず顔を見せた。
『ほんと、お前はヘンな奴だな…』
その口から「断る。」以外の反応が返ってきた瞬間、正直勝ったと思った。
それからも【俺はアナタに悪意なんて持っていない、無害な人間なんだ】と、誠心誠意言い張り続けた。
「せんぱーい…一度でいいから、俺とデートしてくださいよ」
「してるだろ」
自然と譲の警戒心は徐々に和らいでいき、いつしか放課後の図書室で二人一緒に過ごすようになっていた。
「いや、これは図書室にいる譲さんに一方的に話しかけてる俺の図ですって。一緒にいてくれて嬉しいんですけど、もっといちゃいちゃしたいてゆうか…そろそろ折れて、俺と付き合って欲しいです」
「折れないし断るし、俺は本を読んでいたい」
呆れた顔をされても一度も無視をされた事はないし、図書室でなら同じ空間にいることを許してくれた。
それが嬉しくて、さらに深まる欲。
こっちを見ることなく夢中で活字を追う目の動きに、先輩が持っている本にさえ嫉妬しそうだった。
(いや、でも大丈夫だ…)
こうしてパーソナルスペースに俺を入れてくれるようになったんだ
もうすぐ、この人は俺に堕ちてくる
そしたら両腕で抱きしめて、たくさん笑い合い、愛してるを言うのだ。
そう夢見ていたのに、譲先輩は突然――――
俺の前から姿を消した。
どれだけ空白の時間が流れたのか、貴方は知らないだろう
『アンタ、αか…?』
ようやく再会できたと思えば、まさかの体からのスタートだったが、幻滅も後悔もしていない。
むしろ飛んで火に入る夏の虫。
『ーあっ、あぁ!』
酔って男を誘い、はしたなく嬌声を上げるアナタの白い首筋に、何度食らいつきたかったことか。
譲が我に返らないよう会話は減らし、ただ快楽を貪るだけのセックスは虚しくなるどころか、余計に火を付けた。
恋人がいようが関係ない
もしセフレが欲しいだけなら、俺だけにして―――
今も昔も、思い通りにならないのに
こんなにも 愛おしい。
「はやくチョコなんかより、俺を受けとってください」
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堕ちてきた貴方にキスをして、たくさんの愛を伝えたい。
正義side終
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