3個目(22.1.5加筆・修正済)

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昼休みが終わり、パチパチと無言でパソコンのテンキーを打つ譲には謎の気迫があった。 (ったく、なんで…) 遡ること数時間前。 喫煙所で営業部にいる同期社員を捕まえ、『最近忙しくて手伝えていなかったが、そっちはうまく回っているのか?』。 なんて心配そうな態度を装いつつ、ストレートに疑問をぶつけてみた。 「んー、多少の残業はあるけどさ最近のお前、桜井の教育でめっちゃ忙しそうじゃん?」 「忙しいってより、アイツがうるさいくてしょうがない。なんで俺が営業部の教育担当になるんだよ…」 「そりゃお前が営業の仕事も手伝うし、仕事断らないからだろ。いっぺん、部長に相談してみたら?」 桜井は営業。譲は事務。 上司の理不尽な命令により譲は桜井の教育担当になってしまったが、同じオフィス内でも部署が違う。基礎と事務以外のことは営業部のほうで桜井の教育を回していた。 そうなった理由は、単に営業部の人員が少ないからという事情だったが… 「………もうしてる」 上司にも相談してみたが、"最低三か月は先輩社員をつける方針だから我慢して欲しい。"と、初耳の事を言われてしまった。 ふざけるな。自分の新入社員時代にはそんなことはなかったと文句を言ってやりたかった。 「あ、ははは…。んまぁ確かに、桜井って手のかかる後輩だもんな」 「は?」 (要領のいいアイツが、手のかかる?) 俄かには信じられなかった。 譲が教育担当を離れたい理由も、事務仕事は十分できるようになったと判断したからだ。 営業でも桜井は新規契約をもぎ取るほどに成長したんだから、いくらなんでも新人に高望みしすぎているんじゃないか?と、心の中で首を傾げたが、どうも違うらしい。 「誰だって最初は失敗しまくるもんだろ?でもアイツは凹むどころか、成功のノウハウを学ぼうって意識が、ちょっと引くレベルで高いっていうか…」 なにがダメだったのか・どうすればよかったのかと、とにかく先輩達からの意見や指導を求めてくるから大変なんだと失笑する同期。 桜井が急成長した裏側にそんな努力があったなど、知る由もなかった。 「営業の方じゃ仕事の話しかしないぜ、アイツ。依岡の前と全然態度違うからさ、てっきり二重人格なんじゃないかと疑ったわ」 「二重人格って、それはないだろ、さすがに…」 「いやいや!お前の前では人懐こい芝犬って感じなのに俺らには振るっぽなんてありませんが?って雰囲気だぞ。切り替え過ぎてこえぇよ」 どんな雰囲気だよとツッコミを入れたが、『営業先への移動中はほぼ無言だ』と話す同期が嘘をついているとも思えない。 (アイツ、営業の方は真剣そのものじゃねぇか…) 桜井の質問攻めは過去に何度かあったが、いつもヘラヘラした笑顔を浮かべ、さらに世間話まで交えてくるのだ。もっと気を引き締めろ!と叱った程だというのに…。 まさか、俺からの仕事内容はそこそこ覚えられたらいいや〜とでも思っているのか?? 「………」 「でさ、もしかして依岡のことが好きなのか?って聞いたんだよ、俺」 「はぁ?おまっ、なに聞いてんだよ」 「いいから聞けよ。桜井はさー お前のこと、マジで尊敬してるんだって」 「あ?尊敬…?」 なにを思い出したのか、煙草をふかしながらニヤッと向けられた笑みに嫌な予感がした。 『譲さんは、上司や他の先輩達にもすごいじゃないですか!あんな人に教えて貰えたら俄然(がぜん)、頑張らないとって気になれます。人として尊敬もしてるし、憧れてるんです。あんな人になるのが、いまの目標です』 そんなことを恥ずかし気もなく熱く語ったと言う。 「それに……」 「それに?あとは、なんだ?」 「あぁ、うん。ちょっと、俺の口からは……」 野暮なこと言わせんなと、ほんのり顔を赤らめた戸惑い気味の口調。 桜井、マジでなに吹き込んだ…。 「そんなことより、可愛い後輩が熱出してんだから"大丈夫か?"くらいは送ったのか?」 「かわいいって、まさか桜井のことか!?」 アレのどこが!?それに、たかが風邪程度で連絡を取り合うほど親しい仲ではない。 「いいヤツじゃん。よくお前に気遣って声かけてるしさ」 「き、気遣って!?」 いつ、どのタイミングで!? 驚く譲の態度に、気づいてなかったのかよと同期があきれた溜息を溢す。 「無自覚かよ。お前が昼メシ忘れてないかとか、いっつも声かけてるだろ?」 「え、えぇ…そう、だったか?」 それには戸惑うしかない。 『寝不足ですか?また目に隈ができてますよ』 『譲さん、20分も過ぎてますよ!?早く昼飯食べましょう?』 確かに桜井はよく話しかけてきたが、どれも先輩後輩間にあるような軽い社交辞令や挨拶みたいなものだと思っていた。 「さすがに体調を気遣うような声が聞こえたら、俺も心配になるって。実際、依岡に頼りまくってたし」 自覚はあったのかバツが悪そうな表情に居心地が悪くなる。 なるほど、よっく分かった。 「でも、俺は大丈夫だ。何かあれば、すぐ、いつでも、頼ってくれ」 「お、おう…サンキュー?つか、お前とこんな長話したの初めてだな。良かったら今度飲みに行かないか?」 「予定が合えば、な。じゃ俺は戻るから」 喫煙所を出てスタスタとオフィスへ戻る足取りは、荒々しいものだった。 (ふっざけんな!!) 年下の、それもαから庇われるなどプライドが許さない。 いくら周囲の目を気にしていなかったとはいえ、ここまで職場内の空気に気付けなかったとは、失態だ……。 (つーか、なんだよ?あのっ、まるで俺が後輩の愚痴を言い行ったみたいな空気は…!) さらに捕まえといてなんだが、さっきまで一緒にいた同期もたまに仕事の話をするくらいで親しい仲ではない。 周りの評価を下げないよう、譲の仕事の負担を減らす。 そして桜井は健気でいい後輩を演じ、じわじわと周囲の株を上げる。 影の努力は譲に隠して… (俺をダシにしようってか?見え見えなんだよ、お前の魂胆なんて…) だいたい、いまの桜井にとっての目標が俺だと!? さすがαだ。βの下にいつまでもいるなんて耐えられないのだろうが、冗談じゃない。 誰が簡単に抜かれるものか!! コミュニケーション能力は確かに桜井より劣っているが、まだまだ功績で抜かれるつもりはない。 そう思えば、自然と口元が吊り上がった。 *  *  * 「あ、あの依岡さん、すみません、この資料なんですが…」 今朝は遠慮気味にしていた職員達も、定時が近づくにつれ譲に声をかけ始めた。 それをいいよ、の一言で引き受ける。 「分かった。今日中にチェックしとく」 「…・!ありがとうございます!」 あぁそうだ、これでこそ俺の通常運行。 だから、……ひとつだけ、失念していた。 「依岡君。悪いんだが仕事が終わったら、ちょっと接待に行ってもらえないかな?」 最近は桜井が傍に引っ付いていたせいで、の仕事が舞い込むのは久しぶりだった。
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