4個目(22.1.6加筆・修正済)

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4個目(22.1.6加筆・修正済)

「すみません。ご迷惑とご心配をおかけしました!」 2日後。すっかり体調は良くなったらしい。元気ハツラツの姿で桜井は出社してきた。 「譲さん!おはようございます」 「…あぁ」 いつもと同じ、返すのは挨拶ではなく素っ気ない返事だけ。譲のデスクにはブラックコーヒーの缶と任された仕事たち。 きっちりとスーツを着用し、変装用に買った肉厚の眼鏡とダサい髪型。すべて、いつも通りだった。 「…譲さん?なんだか、怒ってますか?それに」 「別にいつも通りだろ?つか、お前。たかが風邪で何日も休んでんじゃねぇよ」 「うわ、厳しい〜」 その声は桜井のものではない。向かいのデスクを睨みつけると気まづそうに顔を下げる社員の姿。純粋に「あんまり後輩に厳しくするなよ」と譲を(たしな)めるつもりだったのかもしれないが、いまは心に余裕がない。 「譲さん…?」 「……悪い。ちょっと苛々してた」 この空気はあまり宜しくない。と素直に謝罪し、切り替える。 (チッ。なにやってんだ、俺は…) 例の接待が終わった翌日。酷く痛む体を引きずるように出勤し、ロクに休憩をとることなく働いている。 その自己管理不足で疲労が取れていないことを何も知らない桜井にやつ当たりするなんて、最低な行為だ。 自分で自分の態度に悪態をつく。 「あ、いえ!俺こそ、ご迷惑おかけしたのは本当のことですから…!」 とくに気分を害さなかったのか、桜井の明るい反応に周りの空気が柔らかくなった気がした。 (ほんと、嫌味で清々しいα様だな…) またイラッとする気持ちを堪える。 * * * * 昼休憩ほど穏やかに仕事ができる時間はない。 桜井がしつこく誘うので仕方なしに…屋上のなるべく人目に付かなさそうな所で、コンビニで買ってきたパンに齧り付く。 「譲さんと食事なんて、久しぶりです」 沈黙を破ったのは桜井から。外食でもないのに何を満足しているのか実に楽しげな声だ。 「そうか?ホテル行く前には一緒にその辺の店で食ってるだろ」 「夜は夜、昼は昼です。のんびり過ごすのもいいじゃないですか」 「のんびり、って…」 「屋上は社内だけどなー」なんて突っ込めば、軽々しくデートしましょうなんて誘いが来そうだ。だから余計な事は言わない。 「お前、今日も手弁当なんだな」 チラッと桜井の手元を見ると美味そうな手作り弁当が目に入った。いつもは気に止めてなかったが煮物に卵焼きと、やたら譲の好物ばかり敷き詰められている。 (そういえば、高校の頃から趣味だからって自分で作ってたな、コイツ) 「はい。最近はパンやお菓子とかも作りますよ。確か、譲さん卵焼き好きでしたね?良かったら、お一つどうぞ」 「あぁ、なら遠慮なく」 あーん。は、正直どうかと思ったが箸に乗せられ差し出された卵焼きにかぶりつく。 ふわふわで、少し甘みのある優しい味。 久しぶりに食べた味だが、確かに上達している。 「ん、めっちゃ美味いじゃん……って、なに赤くしてんだ?」 「……そのご尊顔で、今日まで頑張ってきた努力が報われました。譲さん。俺と結婚してくれたら、ずっと貴方のために卵焼きを作ります」 「…笑えねぇ」 キリッとした顔で何を意味不明なことを言うのか… 「やっぱり、なにかありました?」 「ねぇよ。仮にあったところで後輩の前で愚痴ったりしない」 物好きなαを相手に枕営業をしていたら、酷い目に遭った。そんな話をすればコイツがどんな行動に出るか分かったもんじゃない。 「そう、ですか…」 後輩に泣きつき、慰められたいなんて微塵も思っちゃいない。けど…確かに譲の不調に気づいたのは桜井だけだった。 「譲さん。他に人もいませんし、少し横になりませんか?そのままだと倒れそうで心配です」 「お前の、膝の上でか?」 「はい。俺の膝の上、です」 上機嫌で、ぽんぽんと手を招かれたのは桜井の膝の上。 確かにここは物陰に隠れているし、覗き込まなければ人がいるかも分からない場所だ。 あぁ、それならーーー… 「10分だけ、な」 ふん。と鼻息ひとつで、寝転ぶ。 予想外の行動に、きっと桜井は驚いた顔をしているだろうが見なければ分からない。 硬い筋肉の枕だが、ほんのり伝わる熱はそれほど悪くない。そして、どれだけ自分が眠かったのが嫌でも思い知らされた。 (なんでよりによってお前が…気づくんだよ) 他の人間だったなら、ここまで複雑な気分にならなかった。ふっと目線を逸らした先で、桜井が一瞬真顔になったことに気づかなかった。 「大丈夫ですか?」 「大丈夫だ」 なにも、辛いことなんかない。 ただ、いつもより 少し疲れているだけ 「お前が…気遣ってくれたのは、嬉しいと思うよ」 「譲さん!?」 「…、ちょっとだけ、なっ」 「ありがとうございます」 (なんで、お前が礼を言うんだよ、調子狂うな…) 気恥ずかしさを隠すよう溜息を漏らす傍ら、桜井は片腕でいそいそと小さな箱を鞄から取り出し譲の前へと差し出した。 「これ、実家の新作なんです。あとで渡すので食べてください」 「……チョコくれても、病み上がりの相手はしないぞ?」 チョコを貢ぐ=SEXの誘いだと疑わなかった。 「いやだなぁ。ちょっとした感謝の気持ちです。……期待たせたなら、すみません」 「…っ、!?」 ふっと耳元で囁かれると変な声が出そうになった。 耳を押さえ桜井をジロッと見上げると、意地悪な笑みを浮かべていた。 「やっと、俺の顔を見てくれました」 「……キモいこと言うな」 「はは。じゃあ少しの間ですが、おやすみなさい」 その表情が本当に嬉しそうに見えて、何故かドキッと心臓が高鳴った気がした。 お前じゃなきゃ、よかったのに… あぁ、だめだ… 瞼が重い そして起こされた時、休憩時間が10分以上過ぎていたことにブチ切れることとなった。
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