6個目

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* * * * 喫茶店で歩と二人っきり。 開店前の居酒屋で待ち伏せ、出勤してくる歩を捕まえるのは、話しかけた途端に逃げられるんじゃないかと不安でいっぱいだったが…、 『まだ時間あるので、良かったらそこの店で話をしませんか?』と逆に提案された。 「待ち伏せなんかして、悪かった」 「いえ…なんとなく、また来るような予感はしてました。それに今日はその…」 「あ、あぁ…前は情けない格好だからな。どうだ、似合ってるか?」 だっさい変装なんかやめて身だしなみを整えた。 眼鏡を外し、鬱陶し気な前髪はワックスでまとめた。新調したスーツと、使い慣れた上品な香水。 姿勢を正して、真っすぐに歩だけを見つめる。 「ふふっ。先輩を褒めると嫉妬する"大きな子供"がいるので黙秘で」 「そっか、残念。今日はさ」 「あ、待ってください」 注文した珈琲とアイスティーがきたところで、歩が制止した。 確かに明るい会話ではないので、他人に聞かれるのは嫌なのだろう。 「実は、これを渡したくて…」 スッと鞄から取り出したのは、一枚の小切手。 「?これは、一体…」 「俺が、この数年稼いだ金。受け取ってくれないか?」 汗水垂らして働いた給料のほとんどをこの日のために貯めていた。 金額と予想もしていなかったであろう言葉を聞いて、歩の顔が強張った。 予想通りの反応だ。 「俺、ここを離れて遠くに行こうと思ってんだ。だから、その前にケジメをつけにきた」 こんなのは自分勝手だと批難され、怒らせるだろうと分かっていても… 「あの出来事を弁解はしない。金で解決できるとも思っちゃいないし、今さら謝罪も、歩は望んでないだろうけど…。傷つけて、本当に申し訳ないことをした」 もしも、歩の居場所を知らなくとも実家は知っていたのでそこに行くつもりだった。と話す。 「………慰謝料ってことですか?」 「そうだ。たくさん酷い事をして…君を傷つけた。ごめん…、本当に俺が悪かった」 無表情な彼を見つめたまま、深々と頭を下げる。 数分間の無言。 頭を戻すことはせず、ただ歩の返答を待つ。 「………顔をあげてください」 言われた通り視線を戻すと、どこか柔らかい眼差しでこちらを見ていた。 怒りを通り越して、笑っているのかさえ思うほどに… 「俺、今は…雅之と付き合ってます」 あぁ、そうだろうと予想していた。 「でも、付き合う前には考えてたんです。俺は依岡さんが良かったって…でも、貴方は愛はくれなかった。ほんとうに…βでも良かったんです。デートもなにもなくても…。友達も、学校にも居場所がなくて、一人で寂しかった俺を最初に見つけてくれたのは先輩でしたから」 学校でも数人しかいないΩのひとり。 ちゃんと抑制剤があるのにいつ発情期して迷惑をかけるかもしれないと、クラスメイト達から遠ざけられ、馬鹿にされた。 腫れもの扱いに傷ついて、いつも一人だった("Ω")…。 そこに目を付けたのが譲だった。 美談にされる前に、思わず身を乗り出しそうになった。 「そんなつもりは…!」 「いいんです。それに、俺は救われました」 そんなのは、終わり良ければすべて良しと言っているのと同じだ。苦し気にも、そう譲がボヤく。 「違います。俺が救われたのは結果じゃなくて、心の方です」 セフレだった頃、譲がどんな気持ちで接していたかなんて、歩自身は知らなくていい。大事なのは自分がどう受け取って、どう相手を評価するか。 「過大評価だろ…そんなのは…」 「綺麗な思い出では、ありませんからね。先輩がプライドだけ高いβを拗らせたクズだってのも分かってたし、ほんとに…なんで貴方を好きになったのか不思議です」 クザッと、突き刺さる言葉が痛い。 「もし、雅之が助けに来なかったら…俺をどうするつもりでした?」 「俺は…」 (噛まれても、子供ができても…必ず迎えに行くつもりだった) シンプルに恋をしていた、と打ち明けたところで第二性はどうにもならない。 α・β・Ωの壁が邪魔をするならば、歩の中にあるΩ機能を壊せばいい。 そのためには一度誰かと番い関係になってからの、番い解消が手っ取り早いと考えた。他のαに嚙まれさえすれば、雅之は諦めただろう。 加害者と被害者の関係になってから、「歩が好きだ」と正直に明かす。 いくら歩に激しく拒絶されようと、お前には俺だけだと言い張った。 力ずくで、この想いを成就されると思い上がった。 けれど全ては、起こらなかった妄執で…・もしもの話だ。 「とくに、考えてなかった…」 「酷い人ですね」 話したところで意味はないのだから、これでいい。 「過去の行いを許すことはできませんが、いままでずっと…過ちを認めて頑張ってくれたんなら、もうじゅうぶんです。先輩のおかげで、俺は恋が出来たんです。だから、今ちゃんと自分の意思で雅之を選べたんです」 "大丈夫。俺は幸せですよ。" そう笑って歩は、受け取った小切手を細かく破った。
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