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(つ、つかれたぁ…)
勤めている会社の定時は18時…にもかかわらず、現在の時刻は21時。
ぐーっと体を伸ばせば、バキバキと背筋が鳴った。
(はぁー…優秀な社員って、物は言いようだな)
自分で言うのもなんだが、昔から器用かつ物覚えがいいせいか、実はαなんじゃないか?と疑われる事が多々あった。
それで調子に乗り、過去に痛い目に遭って以降は、なるべく目立たないよう地味を装ってきたが、持って生まれた素質は変わらない。
高校を卒業し、会社に就職してからは目立たないよう努力したが、【落ち着きがあり、物事を解決できる優秀な新入社員】と評価をされ…
始まったのが、この生活だった。
『依岡君、これも頼むよ』
頼むってなんだ、頼むって…
真面目に働けば働くほど、なぜか増える担当業務外の仕事。
上司達は『信頼してるから!』の一言で譲を放置。どうしてか関わっていない業務の火の粉が飛んでくることもあった…が、文句は言わなかった。
いくら不満を漏らしたところで、起こったことは変えられない。
なら淡々と業務をこなし、必要ならば報告・謝罪にも行く。
そんな譲なので、いつしか他の社員達は『嫌味で偏屈な上司達より、譲に聞けばなんとなるし、してもらえる!』身勝手にも、そう思い始めたのだった。
上司にも同僚、下手をすれば後輩にもいいように使われる始末。
この事務所には当然、誰も残っちゃいない。
「……ま、楽だからいいーけど」
ふぅーっと長いため息をつき、職場の天井を仰ぐ。
ひとり黙々と仕事に打ち込めるのは嫌いじゃない
それと、社畜だなんて他人にどれだけ呆れられても、仕事にのめり込んでいる間は忘れられることがあった。
…
高校生時代。譲は酷く荒れていた時期があった。
それを思春期と言えば聞こえは可愛いのかもしれないが、違う。
父と母はβで、譲もβ。
母が父と別れた数年後、再婚したのがまさかの子持ちのαだった。連れ子は義兄となり、後にαと判明する。
幼い頃は仲良くやれていたはずなのに、どんどん兄はαらしく成長を遂げていき、両親の関心や話題はいつも優秀な兄が中心。
……そう、思えてしょうがなかった。
『足掻いたところでαには敵わないって』
『そうそう。いい会社に入っても上司はαばっかりなんだろ?働き蟻だよな、俺らって』
まぁΩよりは楽だけどな!
いつからだろう、自ら底辺に甘んじようとする友達らに不快感を覚えたのは
βは、βらしく?
《α》には勝てない?
違う!そんなことないはずだ!
俺は一生、誰かに見下される人生なんてのはごめんだ…!
兄への嫉妬を拗らせ、必要以上にαという存在を恨んだ。
闘争心に火がつき躍起になったおかげで成績は上位を維持できた。
幸い顔立ちは悪くない。出来る限りセンスを磨き、ひょろく見えないよう筋トレをして体を作った。
いやでも、まだ足りない…
いくら完璧を演じても、兄には勝てない。
【もっと、優秀であることを、証明しなければ…】
膨れ上がった自尊心と認められたいという承認欲求。
譲が次に目をつけたのは、クラスメイトと馴染めず孤立していた珍しい男のΩ、田中歩という存在だった。
Ωにしては普通の顔立ちを、最初は鼻で笑った。
でも、腐ってもΩだ。もしかすると、利用価値があるかもしれない…
『なにしてるの?』
いつも下を向いている彼は、見た目通り根暗で大人しかった。
これなら扱いやすそうだ、悪くない。
コレを出来るだけ利用してやろうと企み、声をかけてやった。
思った通り、劣等感が強いその"Ω"は人恋しかったのか、気にかけるような素振りを見せて、ちょっと優しくしてやれはすぐ譲に懐いた。
『先輩はすごい人です。俺の憧れです』
その彼が、譲に告白してくるまで時間はかからなかった。
馬鹿な奴だ。βとΩじゃなんにもならないってのに…
でもこれで、俺には第二性なんて関係ないと証明できた。
心の中で細く笑いながら出した返事は、付き合えないけどセフレにしてやる、だった。
しかし、そこから譲の計算が大きく狂い始めた。
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