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(まさか、再会するなんて思ってなかったよなぁ…)
つい昨夜のことを思い出し自嘲気味に笑う。
接待相手に行きつけだからと連れていかれた二軒目。
店内はカウンターが数席とテーブル席が4つ。広くはないが、駅近という立地のおかげか時間帯にしては賑わっていた。
譲の職場からもさほど離れていない場所で、まさか再会するハメになろうとは…
「いらっしゃいませ…、!」
高校時代のセフレであったΩ、田中歩の姿に驚いた。
戸惑い動揺しきったのは譲だけではない。
歩からの「依岡さん?」と小さく呟いたような語尾は、幸いにも譲にしか届かなかった。
正直、よく気づいたと思う。
クールだのイケメンだのと持て囃された過去があっても、今は違う。
仕事でストレスに加え、日々の不摂生。家に帰っても疲れ果ていてシャワーを浴びて寝るだけの生活で筋力はだいぶ落ちた。
そんな生活習慣が何年何ヶ月も続けば、ガリガリまではいかずとも身体は細く、目の下に隈を作った、よくいるくたびれた社員に変貌を遂げていた。
昔よく連んでいた悪友たちが今の譲を見たら、マジで本人なのか?そう疑うに違いない。
「歩くん、二人なんだけどいける?」
「あ!失礼いたしました。少々お待ちください」
対して元セフレであった歩の風貌はどうだ?
変わらずの童顔だが子供っぽさはない。まだ頸を守るための首輪をしているようだが、纏わりつくようにあった暗い雰囲気は消えていた。
「なになに、実は知り合い同士だった?奇跡の再会!?」
「まさか、初めてですよ。こんなに可愛い店員さんと会うのは」
この男は妙なところで鋭いと思いきや、これはただの酔っ払いの絡みだ。
"依岡譲は歩が持つオメガ性を利用し、乱行パーティーを計画したことがある"。
そう打ち明けたなら、この酒で赤くなっている顔はどんな顔色をするだろう…?
「あ、てんちょ~!今日、めっちゃ飲んだよぉ~、でも会いたくてまた飲みにきちゃった」
本当にただの常連客なのだろう。歩に「こちらへどうぞ」と案内された席に腰をかけた。
「あ、僕は生ね~」
「分かりました。すいません店員さん、生ビールを二つお願いします」
目を大きく見開き、すごく気まずそうに伏せられた歩の視線。
わかっていたが、警戒されている…
ズキッと古傷が痛んでも、店には入ったばかりだ。あげく取引相手のお気に入りの居酒屋だと話されては帰るわけにもいかず、譲はただ愛想笑いを浮かべるしかなかった。
「歩くん〜、この子ねぇ依岡くんってゆーの。割とイケメンなのに、こんなダサい眼鏡と前髪で隠しててさあ、勿体無いよね〜?」
「ちょ、店員さん困ってますから…!あ、えぇっと…ごめんね?」
「…あ、はは。大丈夫ですよ、ありがとうございます。宮さん今日も絶好調ですね」
「そうなのぉ、俺絶好調〜」
困りながらも笑った君。
漂う柔らかさも優しげな雰囲気も、穏やかな口調もなくなっていない。
すべて記憶の中にあるままだ…
「……、」
いっそ、この懐かしさに縋りつきたい。
酷いことをして悪かった。
Ωだと散々馬鹿にして、たくさん傷つけて本当に申し訳ないことをした。
(言って、許してもらって…どうするんだ、今さら)
俺は、お前を忘れたよ。
そう演じたほうが、お互いにとっていい気がした。
* * * *
ま―――、そんなことあったら、飲みすぎるよ。むしろ飲まんとやってらんなかったんだよ!!
酒に逃げるなんて言語道断かもしれないが、昨日ばかりは致し方ない。
結局、最後まで歩には話しかけることなく、注文と会計以外で関わることはなかった。
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