173人が本棚に入れています
本棚に追加
どうするべきか考え、ようやく俺は気付いた。
アイツが欲求不満なる=気絶するまで付き合わされる。
(なら、定期的に性欲が溜まらないよう発散させてしまえばいいのではないか?)
どうすればいいのか?なんて簡単なことだ。
俺が軽くsexに誘えばコロッと誘惑に靡くに違いない。
そんな風に考えていた…。
「……」
リビングにいる正義と譲。
正義は座椅子に座り普段かけない眼鏡を装着。隣には資料を入れているタブレット端末。
ノートPCをカタカタと打つ指は止めちゃいないが、まだまだ苦手なのでろう。試行錯誤しながらプレゼン資料を作っている。
(……無理だ)
本を読むフリをしてタイミングがないかチラチラと正義の様子を盗み見るも、そもそも譲自身が元社畜。
誰よりも仕事の大変さを理解している故に、一途・真面目に仕事をしている人間の邪魔なんてできるはずがない。
(このままでは非常にまずいな…。今日も声をかけるタイミングがつかめないぞ…)
そもそも、一体何のため俺はこんな馬鹿な真似をしようとしているのか…
けれど、悶々と悩んでいるうちにも正義の欲求不満ゲージは溜まっていく。
「せ…正義」
「はい、なんですか?」
無視はされなかったが目線は画面を向いている。
その様子にほっと胸を撫で降ろす。
(って、違う違う!なんで俺が安心してる!?)
『もう時間も遅い。そろそろ切り上げて、俺とベッドに行かないか?』そんな誘い文句はいくらでも出てくる…出て、くるのに…。
「……珈琲を飲もうと思てるんだけど、お前もどうだ?」
「ありがとうございます」
ソウジャナイダロ!?と自分自身に突っ込みをしたかった。
けれど煎れると言った手前、やっぱり作らないなんて天邪鬼なことはできない。
「んじゃ、待ってろ」
そう言ってソファから立ち上がり、キッチンへの足を運ぶ。
(………ここは、…温くした珈琲をぶち撒けるハプニングを装ってはどうだろうか?)
『熱っ!?』という俺の悲鳴に慌てた奴が振り向くと、咄嗟に火傷を心配した譲さんがズボンを脱いでいた…みたいな。
これなら事故という不可抗力もある。
譲から誘ったなんて思いもしないはずだ。
(天才か…?よし、これで行こう。)
そして―――。
俺の分には氷を入れて人肌程度に温度を下げた。
マグカップは落としても割れないタイプのものを選んだ。
あとはこれをリビングに運んで作戦決行だ。
* * * *
「おまた……」
せ、の一言は最後まで出なかった。
ここは職場ではなく家だというのに何故だろう。
部屋に響くリズミカルな音。はじめてのプレゼンをなんとか成功させたいと意欲と熱意に溢れた真剣な横顔。
散々、邪魔をするシュミレーションをしていたはずなのに…。
ふっと漏れたのは溜息ではなく、小さな笑い声。
「おい。そこの漢字、間違えているぞ」
「……ゆず、!?」
「あと、こっちのアンケート結果は棒グラフより円グラフの方が分かりやすい。それと…」
「えっ、あ…ちょ!?」
片方のマグカップをコトッと机に置くと、作りかけの資料の指摘をする。
一生懸命耳を傾けて頷く正義の姿。
「分かりました!譲さん、ありがとうございま、うぇっ!?」
「……なんだ?さっさと続けろ」
ふんぞり返って座った先は、ソファではなく正義の膝の上。
勿論、手伝ってやる気はない…。ない・が…。
「譲さん、あの…これはどういう状況でしょうか?」
「喋るな、今は画面の方に集中だ。やるなら完璧にしろよ?」
「が、頑張ります…!」
やる気は十分あるらしい。が、じっと正義の顔を見ると再び画面をみて「うっ…」と、たじたじになっている。そんな正義に軽くデコピンする。
そして、ニヤッと笑って宣言するのだ。
「こんくらいで落ち着きなくしてんじゃねぇよ。お前が作ったもんを馬鹿にするのは……俺だけでいい。他の奴らには文句言わせんな」
何を・どんな風に作り上げたいのか決めるのはお前だが、
俺は聞き役になり、問題点や疑問箇所を指摘をしてやることくらいできる。
勿論、出来る範囲は限られているが…。
「はい!」
満面の笑顔に思わず、カァっと顔が熱くなった。
心臓もトクトクと速くなる。
きっと、こんな時に世の恋人たちは相手を求めるのだろう。
けれど俺たちは恋人じゃない。
(……そんなのは、後回しだ)
顔も名前も知らないが、どこぞのお偉いさん共に「いくらαでも経験がなさすぎるのでは?」など、文句を言われるのは俺が…元先輩として許すわけがない。
「早く終わらせろ…。暇なんだよ」
けど、このくらいの小言はいいだろ?
(後日談 End)
最初のコメントを投稿しよう!