1個目(21.12.19加筆・修正済)

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今にも一雨ありそうなどんよりとした雨雲。そのおかげで屋上には他の社員たちの姿はなかった。 「お前、どういうつもりだ…?」 休憩用のベンチに腰掛け、連れてきた桜井を睨みつける。 「何がですか?」 「嫌がらせなら他を当たれ」 「嫌がらせなんて、とんでもない!」 心外です!なんてリアクションをしているが、そんなはずがない。 「何が目的だ?」 本当に綺麗さっぱり忘れてくれていたなら有り難いことこの上ないが、さっきからのアホみたいな構ってちゃんは、あからさまに譲からの呼び出しを期待していた。 分かっちゃいたが、まんまと思惑にハマったことには苛立ちしかなく、小さな舌打ちをする。 「高校卒業以来ですね、譲さんとこうして会うのも話すのも。運命って本当にあるんですね」 桜井の表情も口調は、崩れることなく穏やかなものだった。 これこそ、気持ちが悪いほどに 「はっ、何が運命だ」 「譲さんは分かってないなぁ…。俺は割とロマンチストなんです。あんなに探し回った貴方と、まさか職場で再会するなんて、もう運命としか呼べませんよ」 ね?と微笑まれて、言葉に詰まる。 高校時代、転校した学校で一度だけαの男と寝た。 その相手は、まさに目の前にいる2つ下の男、桜井正義だった。 「別に馬鹿にしちゃいねぇよ。ただ、冴えないβの男に「運命」だなんて使う、お前が可笑しいんだ」 「譲さん、なんだか変わりましたね…」 「あぁ、変わったことなら他にもあるぜ?」 胸ポケットから煙草を出して吸う譲に、やれやれと困った笑顔を浮かべているが文句を言う気はないらしい。 「男でもβでも関係ありません。俺は、」 「ストップ。そういう感情は、迷惑だ」 桜井との関係は何年も前の話で、それも譲の卒業とともに終わった事だ。 そもそも、一度寝ただけで桜井とは恋人だったわけじゃない。改めてする話もないだろう…。 そんなことを悶々と考えていると、何を思ったのか桜井はスマホを触りだし、ある動画を譲の前で再生させた。 『や、あ…あんっ…!、あっ…』 「!?」 剝き出しの本能のまま淫れ、みっともなく腰を振っていたのは、まぎれもない譲の姿だった。 「ど、どうして、そんなもの…!」 枕営業で撮影など許したことはない。 その身に覚えのない映像に大きく目を見開いた。 「よーく、撮れてるでしょ?」 「な…、っ!?」 何を言ってるんだ、コイツは? 「よほど再会が嬉しかったのか、いきなりベッドに誘ってくれたんです。残念ながら仕事が忙しいみたいで翌朝にはいませんでしたが…それはもう熱烈なメッセージまで残してくれたんです。可愛いと思いませんか?」 これで諦めるなって言うのが無理ですよね、そう言って不敵な笑みを浮かべる桜井に鳥肌が立った。 コイツがどういう性格の男だったかあまり記憶にないが、俺の嫁だの笑えない冗談を言ったり、擦れた奴ではなかったはずだ。 「………あの夜の相手、お前だったんだな」 いつまでも狼狽えるような気性じゃない。動画を見たときはさすがに動揺したが、すっ…と冷静な表情を作る。 「バラしたいなら、好きにしろよ。そんなもの」 誰かがソレを目にしたところで、傷つく・傷ついてくれる友人などいないし、そこまで繊細な心の持ち主でもない。 会社のやつらも「やっぱりか」と冷たい目で俺の功績に納得すらするはずだ。 「あぁ、もしかして。お前のことが分からなかった俺に、拗ねたのか?」 しょうがないやつだ。と(うす)ら笑いする譲の心の中には、桜井というαへの怒りと支配欲が芽生えていた。 (わざわざ動画を見せてきたのは、俺をどうにかしたいからだろ?まぁ、昔のよしみってやつで少し遊んでやってもいいか…) ぐいっと桜井のネクタイを引いて、距離を詰める。 「ゆ、譲さん!?顔っ…ち、近っ!」 「あ?」 「そういうのは、もっと人目がつかない所で…」 あ?人を脅しといて、何をこいつは純情ぶっている? キスするわけでもないし、今さら戸惑う必要などないはずだろ、と呆れたが顔を赤らめてオロオロしてる姿に真面目かと突っ込みを入れる。 (けど…相変わらず、面だけは好みなんだよなぁ) コイツの純情を弄んだつもりはなかったが、すべて過去の話しだ。戻ってどうこうしてやることは出来ない…。 なら、少しくらい責任をとるべきか…、どうせ。 「そういや、お前の実家は有名なショコラティエだったな?チョコくれんなら、セックスの相手してやるよ」 俺を強請ろうなんて100年早い。 こうしてチョコレートを対価にした、安っぽくも甘い関係が幕を上げた。
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