ありがとう

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ありがとう

「琢磨くん……、大丈夫?」美穂子が心配そうに覗きこんでいる。どうやら裕之にコテンパンにヤられて失神していたようであった。 「あ、ああ」なんだか頭に柔らかい感触がする。手で触るとそれは心地のよい柔肌であった。琢磨は慌てて起き上がる。どうやら、失神した自分は美穂子の膝枕で眠っていたらしい。 「ご、ごめん……!」琢磨は猛烈な罪悪感に襲われて頭を下げる。 「いいよ、それより本当に大丈夫?」美穂子は心配そうに聞いてくる。 「あっ、ほ、本当に大丈夫!」両手を前にして振りながら返答する。おもむろに、先ほどの美穂子の太股に触れた掌を見て恥ずかしくなり、後ろに隠した。 「よかった」美穂子はニコリと笑うと立ち上がって、足元に落ちていたタオルを拾うと、洗いに行った。どうやら、それは琢磨の頭を冷やしていた物のようであった。 「俺のお陰で、良い思いが出来たろ?」唐突に、背後から声がする。振り替えると、そこには裕之がいた。 「お前……、俺は帰る……」琢磨は、そう口にすると身支度をして道場を後にした。  裕之に負けたのは悔しかったが、見経験者の自分が勝てる訳が無い事は初めから誰もが解っていただろう。ただ、美穂子の前で醜態を晒した事に後悔した。と同時に彼女に触れた右手の感触を思い出して、少し浮わついた気分にもなった。 「あっ、そう言えば、ありがとうって言えなかった……」それは、琢磨にとって生涯悔いの残る出来事であった。
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