東山 琢磨

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東山 琢磨

 彼の名前は、東山(ひがしやま)琢磨(たくま)という。それは、彼の亡くなった父親が彼が、学問や人徳を磨き上げ、言葉通り切磋琢磨して立派な男になるようにその名前を送ったそうだ。  だが、彼の事を琢磨と呼ぶ友達は一人もいない。彼らは一様に彼の事を「トンマ」という。これは琢磨の「琢」と「豚」という字が似ている、そして彼のその容姿がその動物を連想させることが起因であった。残酷な小学生の頃、子供たちはその名を呼ぶことによって、相手が傷つくことなど考えてはいない。そして、その名前を呼ばれ続けたせいなのか、今年30歳半ばを迎える今も体形は変わらず丸まると太っている。そして、彼はまともな仕事にも就かず、父が残した遺産と母の収入によって、ニートのような生活を送っている。 「琢磨、勝手にお邪魔するぞ!」TVゲームに没頭する琢磨の後ろから声がする。それは、彼の唯一の友人である、大島裕之であった。この裕之という男だけは琢磨の名前をきちんと呼ぶ唯一の存在であった。彼とは、中学生の頃からの友人である。  誰も話しかけたり、近づいたりして来ない琢磨に、彼だけは親しく接してくれた。同じ年齢であったが、彼は何事においても先を見越したような所があり、琢磨にとっては少し憧れの存在でもあった。 「ふーん、なっか古そうなゲームやってんな」裕之は琢磨の隣に座ると、ビニール袋の中から、コーラの缶を差し出した。琢磨が炭酸好きな事を彼は熟知して いる。 「なに言ってるんだか・・・・・・・、これは昨日発売になったばかりのゲームだぜ。母さんに並んでもらって買ったんだ・・・・・・・」コーラを受け取ると、蓋を開けるとゴクゴクと喉に流し込んだ。 「相変わらずだな・・・・・・・、叔母さん可哀そうに・・・・・・、はい!」裕之は一冊の本を差し出す。 「な、なんだ・・・・・・・、またかよ・・・・・・・・。俺苦手なんだよ・・・・・・・、それに今更勉強だなんて・・・・・・・」差し出された本を受け取らずに彼はゲームのコントローラーを握ったままであった。 「そんな事言うなよ・・・・・・、いくつになっても勉強は大事だよ。今後の役に立つかも知れないしな」後ろに両手をついて、体重を後ろに移動させる。 「今日は仕事・・・・・・無いのか?」ちょっと鬱陶しそうに琢磨は聞いた。 「そんなに煙たがんなよ。今日は会社の奴らに任せてきたよ。俺がいなくても会社は回るからな」ウインクをしてVサインをした。裕之は大学生の時に、ネット関係の会社を起業して成功した。先を見通す目があったのであろう。その先見の目は、会社だけでは飽き足らず、株などの投資などにも敏感であった。二十代中頃には莫大な財産を築き、マスコミにも引っ張りだこ、次は政界への進出も噂されているそうである。 「この前の本は読んだか?」裕之は聞いてくる。 「ああ、一応読んだよ・・・・・・・・」琢磨はゲームの手を止めると、目の前にある書物の束の間から、本を一冊引き抜いた。それは、近代史。それもここ20年の出来事をまとめた本であった。この辺りは、自分もニュースなどでそこに書かれている内容は馴染みがあったので、比較的理解する事が出来た。 「そうか、それじゃあテストしようぜ。俺がクイズを出すから答えろ」裕之は嬉しそうに微笑む。 「いや、なんでそんな事・・・・・・・・」そこまで言って琢磨は言葉を止める。裕之の目は真剣であった。 「2002年、大規模な鉄道事故が発生した年。事故の翌月、ある通信会社の株価が継続的にストップ高を記録した。その会社名と上がり始めた日、それとストップ高を続けた日数は?」 「えーと、ひばり通信で、たしか・・・・・・・、15日、いや16日・・・・・・・、で20日続いた・・・・・・・だったかな」自信なさそうに答える。 「始まったのは14日だよ・・・・・・・・、そこは正確に覚えろよ。その後、怒涛の17日連続ストップ安になるんだから」裕之の顔は真剣そのものであった。「それじゃあ、次は・・・・・・・・・」その後も、いくつかの問題が出された。 「なんだか、お前の問題って、金儲けの話が多いよな」琢磨はウンザリした顔で呟く。 「そりゃあ、経済=金儲けだからな!でも、だいぶん覚えてるな。正直驚いたぞ」裕之は嬉しそうな顔をした。 「だって、覚えてないとお前、怒るから・・・・・・・・」さぼった後に、裕之の激高は相当なものであった。ただ、この質疑応答に何の意味があるのか琢磨には理解出来なかった。裕之は満足そうに琢磨の肩を軽く叩いた。
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