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変じゃないよな。俺たち、今大丈夫だよな? ちゃんと友達同士に見えてる? って自分で自分に問いかけている。最近ずっと、こんな感じ。
「ねぇ、クリスマスさ、どこか一緒に遊びに行かない?」
正面の席に座った純は、結斗にそう切り出した。それ呼び出してまで今ここで言うことか? って思った。
「ッ、は、はい?」
声が裏返って、飲んでいた缶コーヒーでむせた。
(めっちゃ周りに会話聞かれてる! めっちゃ! 見られてるし、後ろ! 前!)
周りからの視線が気になって仕方ない。
「いや、だからクリスマス。なんか予定ある?」
家の中なら純に何を言われても動じない自信はあった。けれど衆人監視のなかは無理だった。
「ゆい、聞いてる? あと顔、コーヒー拭きな。ハンカチ持ってる?」
「うん……聞いてる。ハンカチある」
「変な結斗」
「……うん」
瀬川に教えてもらって以来、結斗は純に内緒でネットで純の動画をいくつか見た。
エロ動画を探して見ているわけじゃないのに、すごくやましいことをしている気分になった。
純は動画サイトで「王子様」と書かれていた。ファンコメントは賛辞の嵐。
次はこれが聴きたいといったリクエストも、たくさん来ているのに純はそのリクエストに応えることはなく、ただ好き勝手に、その日の気分で弾いていた。
弾いてみた。やってみた系のカテゴリランキングでは、いつも上から数えた方が早い。なんだか幼馴染が芸能人みたいに感じる。
でも人気の動画主なのに、今から、これを弾きます。以外には特に何も喋らない。
結斗の前では、色々好きな音楽のことを喋ってくれるのに。そういうのもなし。
(チャンネル登録よろしくね(星キラリ)とか普通言うんじゃないのか?)
さらに、もらったコメントの返信は一律「ありがとうございます」だけ。素っ気なさ過ぎる。そんな愛想のなさで、この先プロとして、やっていけるのか結斗は不安だった。
(ピアニストになるんじゃないのかよ)
自分たちは、おかしいと思う。けど、その近すぎる距離感を失いたくないと思っている結斗の方が、もっとおかしいことも知っている。
純は、いま外の世界へ羽ばたこうとしていた。
結斗を置いて、遠くに。
過去、純がピアノを辞める原因になったことを結斗が悔いているなら、今が、その罪滅ぼしの絶好の機会だった。全力で応援するべきだと思う。
そう思うのに何も言い出せない。
結斗だけが、ずっと純の部屋の地下室にいる気がした。
そして、それを幸せだと思っている。
「なー、クリスマス親らニューヨークで遊ぶんだって。お前それでいいのかよ、放って置かれて」
「別に。気にしてない。結斗がいるから寂しくないし」
「……あっそ」
これ以上、結斗を甘やかさないで欲しい。親離れのごとく、純離れしないといけないのに、純は全然させてくれない。砂糖まみれで溶けそうだ。
こんな幸せ、これ以上受け入れていたら、どうにかなってしまう。
「ねぇ。なんか、亜希さんに言われたの?」
急に純は探るように結斗の顔色を伺ってくる。
「純くんに遊んでもらえって言われた」
遊んでくださいとは、言いたくなかった。
「そう、だったら」
純がそう言いかけたとき急に後ろから名前を呼ばれた。振り向くとそこには瀬川が緑のエプロン姿で立っている。
「おい、桃谷! お前今日カフェのバイトだろ」
「え、あ!」
言われてハッとした。
結斗は学内のカフェで週何回かアルバイトをしていた。いつもバイトの時間を忘れることはないが、今日は頭のなかからすぽんと抜けていた。
――純に呼ばれるまでは多分覚えてた。
純に呼び出されて全部抜けた。
こういうの何ていうんだろう。
マタタビ前にした猫?
呼ばれて、会えることに浮かれているつもりはなかった。
「ガッツリ入れてんぞ。三時から。優雅にお茶飲んでるからって声かけてみれば、お前は、今から俺と交代!」
「あー。ごめん、純。俺、バイトだった」
「うっかりしてるなぁ。ま、いいけど。じゃあ、バイト終わったら帰りウチ寄って話あるから」
「え? うん、じゃあ後で連絡するよ」
改まって純から話があると言われても、なんの件か分からなかった。
結斗が席を立って、仕事場のカフェカウンターの中へ行こうとすると、隣に立っていた瀬川が結斗を小突いてくる。
そういえばストリートピアノの動画主である純を紹介して欲しいと言われていた。
別に結斗が、わざわざ紹介しなくてもと思う。「自分で声かけたらいいじゃん」と返した。お見合いじゃないんだから。
瀬川が意を決して純に声をかける。座っている純は絵に描いたみたいに微笑む。
「えっと、ピアニストの『純』さんですよね」
「はい。そうです」
――あ、これ、よそ行きの声だ。
そう思った。
丁寧で静か。夜のニュースを読むアナウンサーみたいな話し方をする。結斗の前と違う声だ。結斗の前では、もう少し弾んだ声になる。
「いつも動画見てます。この前の超絶技巧練習曲シリーズのやつ最高でした! 俺クラシックとか分からないんですけど『純』さんのピアノがほんと好きで」
「ありがとうございます。嬉しいです」
二人の会話をどうしても、その場で聴いていられなかった。自分の知らない純を他人の口から知りたくない。
「――ごめん瀬川、俺、先に行くな」
「おう! またなー!」
足早にカフェカウンターに向かう。自分のタイムカードを打刻する。裏でエプロンを着て仕事を始める。慣れたルーティーンをこなして、瀬川と純の会話を忘れようとする。
けれど余計に気になって仕方ない。
注文されたドリンクを作って品物を出す時、まだ瀬川と話している純を横目で見てしまった。
中学の時は、こういう場面で何も思わなかった。むしろ、それを見て安心していた気がする。
今は何故か、むしゃくしゃがいっぱい心の中に溜まって苦しくなってしまう。
小さい子供みたい。この醜い独占欲を今すぐ消したかった。
++
夕方まで学内のカフェでバイト。その帰り道に同じサークル仲間に出会った流れでカラオケに行くことになった。
純との約束は覚えていたけど、すぐに純の家へ行く気にはなれなかった。
昼間、瀬川と純が話していた場面が、ずっと頭から離れない。頭の中がモヤモヤでいっぱいで今すぐ歌って発散したかった。
大学の隣駅にある繁華街のカラオケには週一くらいで行っていた。一人カラオケもするし友達とも行く。純とは行かない。
動画配信者になっていた純を見てから「純が知らない自分だけの何か」が欲しくなった。けど一生懸命探したところで自分にあったのは「友達と行くカラオケ」くらいだった。
行きつけのカラオケ店は学生割引で飲食物の持ち込みも可だ。高校の時と違うのは、お酒が飲めるところ。二十歳になってから結斗は、すぐに酒を覚えた。
今さらだけど先日母親が言った通りの大学生活になっていることに気づく。
母親と同じように四年生になって後悔する、かもしれない。
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