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「っ、ば、バカにするな、ぁ……」 「してないしてない、馬鹿だなぁって思うこともあるけど」  ふるふると横に振っていたら、強く扱かれながらキスされた。純が、これ以上おかしくなったらと思うと怖くて、涙が溢れてきた。 「やっ、やだ、あっ……お前が、変、なの」 「ん? 俺」 「あ、ん、んんんっ、ぁ、やっ、おま、えまで、頭おかしくなったら、俺、やだよ」 「心配しなくても元々だよ? でも結斗は、一緒におかしくなってくれないんだな」 「んんんっ、や、でる」 「――ま、いいけど」  ふ、と笑った吐息が耳に触れる。もう、気持ちいいのが止まらない。 「ッ、ぁ、ああ……なん、で、あ……やぁ」  ぐちゃぐちゃとあふれてくる先走りは止まることなくて、頭が馬鹿になった。 「あ、やだ、やだぁあ……あっ」 「ゆーい。良い声で鳴いてよ、いつも歌うみたいに。お前の声って、甘くて……ずっと聴いてたいよ」  まるで音楽を楽しむように人の喘ぎを評される。そのまま追い詰めるように亀頭を撫でられて堪らなくなり、とうとう我慢できずに純の手を汚した。 「あっあっあああっ!」  目を開けて、ぼたぼたと純の手から落ちる自分の精液を見て呆然となった。 「お粗末様でした。気持ちよかった? にしても出し過ぎだし。ちゃんと適度に抜きなよ男の子なんだから」  純は冷静な口調でソファーから立ち上がりティッシュボックスを取ってきて、それを結斗に差し出す。真っ赤な顔で、それを受け取って下半身を拭い服の中にしまった。 「ッ、バカ純!」  床に落ちていたクッションを拾って純に目掛けて投げた。避けられたけど。 「危ないなぁ」 「ッ……風呂! 借りるから!」  射精したからって冷静にはなれないし、とにかくすぐに頭を冷やそうと思った。  どうにかなりそうだった。 「どうぞ、俺先に寝てるから。酒飲んでるんだし風呂で倒れないでね。今日はシャワーにしなよ」 「お前は俺の母親か!」 「……なって欲しいならなってもいいけど」 「知るか! このばか酔っ払い!」  バタバタと足音を立てて純の部屋を出た。「また逃げるし」部屋を出ていくときに純がそう言ったのが聞こえた気がした。  逃げないと、純がおかしくなるんだから仕方ないだろうと思った。   * *  風呂からあがって純の家に置きっぱなしだった部屋着のスウェットを出して着る。地下の部屋に戻ってきたら純はもう寝ていた。  少し迷ったけれど、勝手に純が寝ているベッドに潜り込む。  ソファーに一人は寒いから、いつも一緒に寝てるから。――親友だから。  背を向けて寝ていると、後ろから純がひっついてきて腰に手をまわしてくる。温かかった。  だから安心する。ずっとこのままが良いと思った。  変でもいいから、けれど、これ以上、純の未来を壊したくない。邪魔したくない。 「おやすみ」  ぼそりと、背中に向けて結斗は言った。 「――ゆい、ごめん、酔ってた」 「ほんとにな。俺も酔ってた」 「だよね」  くすくすと、背中で純は笑っている。  酒を飲んで待っていたのは、純の優しさだったのかもしれない。結斗が望んでいることをして、気まずくならないように。  ――覚悟決めたから。  純はそう言っていた。やっぱり、逃げているのは、自分だったのかもしれないと反省する。純がいうように、考えないといけないと思った。  この先、純とどうしたいのか。  * *  結斗は身体が子供から大人になるにつれ、誰かとセックスをしたいみたいな欲を持つようになったが、同じような欲求を純が持っているとは想像出来なかった。  純の部屋は性の匂いがしなかった。  家族のように兄弟のように感じていたから。  同じように成長して大きくなった。でも結斗の中で純は子供の時のまま時間が止まっている。  地下の部屋はピアノと遊びにくる結斗だけで構成されていた。  それに対して、結斗の部屋には、いつだって俗っぽいものが溢れていた。  純は、それを目にしても結斗と同じように顔を赤くして焦ったりはせずに「ゆいは、こんなのが好きなの?」と綺麗な顔で笑うだけ。  エッチな漫画を読んでも、結斗のスマホのヤバ目な検索履歴を目にしても同じ反応だった。性的なものに関しては総じてさらりと流して興味なさげ。  だから結斗が当たり前のように持っている、その衝動が同じように純にもあると少しも考えられなかった。  ――ピアノの前でオナニーしてる純を目にするまでは。  正確には地下にある純の部屋。  プライベートな場所で一人性欲を発散しているくらい、年頃の男なら普通のこと。なんら驚くことでもないし結斗が純のそれを目にしてしまったのは、ただの事故だった。  その日は、いつもと同じように高校の帰りに純の家に行った。小さな子供みたいに突然部屋に入って驚かせてやろうと足音を忍ばせて部屋向かった。ゆっくりと音を立てずに扉を少し開けて中を伺う。  すると純が一人で下半身を擦っていた。  その熱っぽい空気が、こっちまで伝わってきたみたいで結斗の頬が赤くなった。灰色の学ランの内側に熱が篭る。  結斗は、それを見て「男だし、健康だったら、まぁするよな」と思えなかった。自分だって同じことをしているのに、あまりにも純のイメージになかったので、驚いてからかうことが出来なかった。普通に何やってんだよ溜まってんのって笑って言えば良かったし、言ったところで自分たちの関係にヒビが入るとも思えなかった。  なのに、ただひたすらに戸惑っていた。  どうして純が? 興味ないんじゃなかったのって思っていた。  何を考えて何を思って一人で気持ちよくなっていたのか。今思えば、そういう純の性欲の対象を知りたくなかったのかもしれない。自分の中で純はきれいなものだったから。  声をかけるタイミングを失い、結斗はドアの前で、じっと息を潜めていた。見ている訳にもいかず、その場から立ち去るために再び階段を上がっても気づかれそうだった。  壁を背にして目を閉じて座っていた。  ピアノの前に座り頬を染め、うっすらと口を開けて己のものを擦っている純の姿は、目を閉じても眼裏から離れなかった。ドキドキして頭の中がふわふわした。  結局、いつ終わるとも分からないそれをドアの前で息を潜めて待っていたら、数分後にしれっとした顔をして純は部屋から出てきた。  隣に立つ純を見上げる。  純は、いつの間に、こんなに大人になったんだろうって思った。  紺色のブレザーに燕脂のネクタイの高校の制服。結斗とは違う高校に行った自分の片割れが一瞬だけ全然知らない人に見えた。  声を聞いたら、ちゃんと自分の幼馴染だった。  ――そんなとこで何してんの、寒くない?  焦って驚く純が見られるかもしれないという結斗の予想は外れた。  ――は、走ってきて、疲れたから休んでた!  焦って驚いたのは自分だけだった。  ――そう。じゃあお茶、いれてこようか。  結斗の苦し紛れの言い訳にも、いつもと変わらない反応を返される。
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