テーマ「魔剣」

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テーマ「魔剣」

「ねーねー、ルナちゃん?そろそろ俺の魔剣、抜いてみない?」 「はぁ?」 「ほら、僕ってさ、こう見えても一途じゃない?だから、もうルナちゃん見てるだけで愛が溢れちゃって大変なのよ」 「はぁ」 「ねぇ、こっちみてってば?ね?良く見て?僕、こんなにイケメンなんだからさ、一回くらいお試しとか、ね?」 「……はぁ」 「なになに?今の。もしかして、オッケーってこと?」 気が付けば生まれてから二十数年経っているし、人並みには少女漫画だとか、ラブコメの映画だとかは観てきたつもりだけど。 そういう創作物に出てきてもおかしくないような、こんなキャラ立ったおかしい奴が、現実に存在するとは思わなんだ。 馬鹿みたいな発言をして、骨盤の辺りを誇張しながらクネクネと動くというこの奇怪な生物は、さっきから下ネタしか発言しない。 私もそれに、最初は「ははっ」とか薄笑いを浮かべて、適当にあしらっていたのだけど、それが良くなかったのか、その下ネタは段々と直接的な表現になってきている。そして遂にはこうして下半身を「魔剣」に例え、抜けない魔剣をヌくとかどうとか、そんな下ネタ比喩でアピールされている。 だから、そんなやり取りに途中から疲弊してきてしまい、私はもう、「はぁ」のイントネーションだけで相槌を打つことにしていた。 ここが、「そんな出会いもありかなぁ?」なんて気持ちになるような、音楽がガンガンに響いてる薄暗いホールとか、安い居酒屋の座敷に二、三十人集められた飲み会の最中。というのなら、まだ許す余地があるのかもしれない。 でも残念ながらここは、そんな陽気さとは程遠い、「生」や「性」と言うよりかは「死」の匂いが色濃く香る病室で、私と彼との関係はといえば、担当看護師と入院患者という間柄なのである。 「はい、じゃあまた何かあったら呼んでくださいね?」 いくらベッドの上でクネクネとセックスアピールをしてきた所で、そのベッドに点滴で繋がれているから、彼は自由にそこから動く事はできなかった。そんな状態で、下ネタしか話せなくなってしまった彼を置き去りにして、さっさとその部屋を後にしようとした。 その時、「ぐすん」と彼が言った。 「ぴえん」みたいな感じでハッキリと、確か私と同い年で、きっと普段からチャラチャラしているのだから、LINEのスタンプはもちろん、会話の中でも「ぴえん」と言った事をがありそうな彼が、何故かハッキリと「ぐすん」と言った。 私は思いがけないその響きに、自分の耳を疑い、勢いよく振り返って、彼の表情を確認する。 「もしかして、泣いてるんですか?」 うっかり、看護師としては落第点の質問をしてしまいハッとする。 入院という大抵の人にとってはイレギュラーな環境で、不安になって涙する人は結構多かった。だから、白い個室にこの後も暫く一人きりになってしまうことを想像した彼が、急に不安になったとしても何らおかしな事ではなかった筈なのに。 「……悪い?」 涙を拭いながら、急に恥ずかしくなってしまったのか、それを誤魔化す様に、彼は少し不貞腐れている。そんな様子はしおらしくて、さっきよりもずっと、可愛らしかった。 「いえ、別に。入院されてると、色々不安になりますもんね?大丈夫ですよ。お気になさらずに」 まあ、私が悪いのだから当たり前なのだけど、そんな彼を慰めようと、穏やかに、諭すような声でそう言ってみた。 「そうじゃなくて……」 あの下ネタの勢いは何処へやら、まるで発する言葉を選びきれないとでもいうように、少し視線を泳がせた彼は、チャラいパーマがかかったままの、アッシュグレーの髪の毛をモシャモシャしている。 「もしかして、私が居なくなるのが寂しくて泣いちゃったとか?」 「……っう」 彼から発せられる雰囲気とか、もっと言えば、最初から。 ああやってわざとふざけて、私の気を引こうとしていた事にも本当は気が付いていた。 「あれれ?もしかして、当たっちゃった?もう、いい大人なのに、しかも退院だって決まってるのに?……一人きりになるのが寂しくて、そうやって「ぐすん」って泣いちゃうんだ?」 少しだけ起こしてあるベッドに座る彼の脇に手をついて、その顔の側でそう囁いた。 すると彼は、さっきまであんなに卑猥な言葉をペラペラと喋っていたくせに、もう耳まで真っ赤に染め上げている。 ベッドも壁も真っ白なその部屋の中では、彼の熱ったその顔色が目立ち、自分の呼気にも熱を帯びてきたのがわかる。 「私さ、攻められるの嫌いなの」 「えっ?」 仔犬のようにオドオドし始めた彼を揶揄いながら、わざと吐息が彼の頬を掠めるように仕向けた。 「ふふっ、その魔剣、私が抜いてあげようか?」 驚いて、ぱっくりと開いた彼の口を唇で塞ぐ。 私の提案の答えを、最初から聞くつもりなんて無かった。
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